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加藤大治郎の鈴鹿、ストーナーの早すぎる引退、ロッシの“キック”…グランプリ取材37年の遠藤記者が選ぶMotoGP「5大事件簿」
text by

遠藤智Satoshi Endo
photograph bySatoshi Endo
posted2026/01/29 17:00
2003年の日本GP鈴鹿サーキットでピットアウトする加藤大治郎
②最速にして正々堂々、ケーシー・ストーナーの早すぎる引退
天才ライダーと呼ばれた選手は何人もいるが、その中でも、ドゥカティとホンダでタイトルを獲得したケーシー・ストーナーは別格だった。それだけにキャリア絶頂期の27歳で引退したことは、信じられないという気持ちという点で一番と言っていい事件だった。
ストーナーが引退表明したのは、2012年5月のフランスGP。前年に10勝を挙げて2度目のタイトルを獲得し、この年も開幕から3戦を終えて2勝を挙げていた。まだまだ勝利を積み重ねていきそうなタイミングで引退表明するのは、あとにも先にもストーナーだけだろうと思った。
引退の理由を彼はこう語った。
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「家族や妻と長い間、話し合ってきたが、今年を最後にMotoGPを引退する。そして、別の人生を歩むことにした。考え始めてから2、3年が経つ。大好きな競技を長くやってきたが、自分自身も家族も多くの犠牲を払ってきた。この世界も変化してきて、レースを楽しめなくなった。嫌いになるまでやりたくなかったし、それならいま、辞めるのがいいと思った」
正々堂々という言葉が、そのまま当てはまるライダーだった。コース上でもバイクを降りても駆け引きは一切なかった。いつも100%の走りで観る者を魅了したストーナーは、レース人生もまた猛スピードで駆け抜けてしまった。
ストーナーは常に異次元の速さを見せてくれた。MotoGPは2002年から4ストロークエンジンになり、電子制御の戦いとなった。それを司るのがECUで、リアタイヤのスリップをコントロールするなど、いわば速く走るための頭脳。ストーナーはそれを最大限に生かせるライダーだった。
特にコーナーからの立ち上がりでアクセルを一気に開ける動作は、見ていてドキドキさせられた。ドゥカティでチャンピオンを獲得した時代は、1ラップスペシャルと呼ばれるハイグリップタイヤでベストタイムを競う時代。レース用タイヤより2秒前後タイムが上がるPP争いは強烈だったが、その中でもストーナーの走りには度肝を抜かれたし、いまでも脳裏に焼き付いている。
最速のストーナーが引退した翌年、もうひとりの天才、マルク・マルケスがMotoGPに昇格した。それから13年。ストーナーと同じくらいマルケスにも驚かされるばかりだったが、このふたりの天才の対決が見たかったといまでも思っている。


