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甲子園の風BACK NUMBER
東大・京大合格も出す「長崎屈指の公立進学校」がなぜ甲子園21世紀枠の候補に!? 「1日1時間半の練習」で140km投手を3人育てて躍進の秘訣
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内田勝治Katsuharu Uchida
photograph byKatsuharu Uchida
posted2026/01/28 06:02
グラウンド横の坂道をダッシュする長崎西高の選手たち。限られた時間のなかで頭脳的な練習によって力をつけてきた
公立校にして140キロ台の投手が3人も
その「理詰め」の指導は、投手陣に劇的な変化をもたらした。エース右腕の熊寛生(2年)を中心に、球速140キロ台の投手が3人もいる。公立校としては驚異的ともいえる投手層の厚さは、安藝コーチが提唱する「物理的に正しいフォーム」の追求から生まれたものだ。
「教えすぎず、彼らが自分で考え、問いに来た時にだけこちらの考えを提示する。そうすることで、試合中に自分で修正できる能力が身についていくんです」
昨秋はまさに長崎西の目指す野球が体現された。最初の山場は長崎大会3回戦の海星戦。県内屈指の左腕・鰐川隆夫(2年)の前に11三振を喫しながらも、「走攻一心」「走打一閃」の攻撃スローガンの下、3盗塁と足でプレッシャーをかけ、6回に先制すると、延長10回タイブレークで2点を奪い、3対2で逃げ切った。宗田監督は「今年のチームは走塁を中心にしながらやってきました」と手応えを見せる。
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「鰐川君は今冬の九州選抜にも選ばれている投手で、なかなか走るのは難しいんですけど、左投手ですし、行ってみよう、ということで走らせました。海星さんとは100回やって1回勝つかなというレベルでしたが、あの試合で勝てたことで、その先もいけるかもしれないなと思いました」
ノーヒットノーランで負けたら……とは?
その言葉通り、決勝まで進出して準優勝。九州大会出場切符を獲得した。しかし、5試合を戦いチーム打率.207、1試合平均得点は3.2点と貧打に苦しんだ。このままでは九州大会で勝ち進むことは難しいと考えた宗田監督は、あえて選手たちに厳しい言葉を投げかけた。
「ノーヒットノーランで負けたらどうする?」
今でもマスコミから幾度となく問われる、1981年夏の忌まわしき記憶。宗田監督の問いには、長崎西の野球史に刻まれた、あまりにも重い「宿命」が込められている。
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