第102回箱根駅伝(2026)BACK NUMBER

「これまでの苦労を思えば…」一時はマネージャー転身も考えた山梨学院大学の切り札、弓削征慶が最後の箱根駅伝で狙う後輩への“置き土産”

posted2025/12/16 10:01

 
「これまでの苦労を思えば…」一時はマネージャー転身も考えた山梨学院大学の切り札、弓削征慶が最後の箱根駅伝で狙う後輩への“置き土産”<Number Web> photograph by Getsuriku

2回目の出場となった前回の箱根駅伝5区で区間8位の力走を見せた弓削征慶

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小堀隆司

小堀隆司Takashi Kohori

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 トラックの持ちタイムは平凡だ。箱根駅伝予選会でもメンバーから漏れた。

 だが、本選となれば話は別。第92回大会以来のシード権獲得を狙う山梨学院大学において、弓削征慶(4年)は切り札のひとりとして期待を集めている。

 いわば、山上りのスペシャリストだ。過去2年、箱根駅伝の5区を走り、前々回は区間11位、前回は区間8位と安定した成績を残してきた。今季は主将も務め、チーム作りの上でも先頭に立つが、弓削は「まさか自分が主将になるなんて考えもしなかった」とこの4年間を振り返る。入部1年目の冬には、マネージャーへの転身を勧められたこともあったというから驚きだ。

 名門の洛南高(京都)出身で、大学では主将。肩書きからは陸上競技エリートを想像するが、実際はそうではないという。

 陸上競技を始めたのは小学1年生の時。競技経験のある父親に誘われたのがきっかけだった。この頃、箱根駅伝をテレビで見るようになり、「2代目山の神」と呼ばれた東洋大学の柏原竜二の活躍を鮮明な記憶として脳裏に焼き付けている。

 中学生になると、こんな出会いがあった。

「中2の時、都道府県駅伝の選抜合宿があって、当時高校1年生だった三浦龍司さん(3000m障害で活躍するオリンピアン)に話しかけてもらって、すごく憧れました」

 ふたつ上の先輩を慕い、同じ洛南高に進んだのは自然な成り行きだっただろう。しかし、高校では思わぬ挫折が待っていた。最上級生には三浦がいて、1学年上には若林宏樹(青山学院大学で1年生から活躍)、同級生には佐藤圭汰(駒澤大学)や溜池一太(中央大学)ら綺羅星のごとき才能が集まる陸上競技部で、圧倒的な走力の差を見せつけられたのだ。

 みな同じ推薦組ではあったが、才能の差は歴然としていたという。

「高校ではケガばかりで、レギュラーも取れなかった。試合にはほとんど出たことがなくて、自分は見る側というか、支える側なんだって思い知らされましたね。もう思い出したくないくらい、辛くて悔しい3年間でした」

 弓削が3年生の時、洛南高は全国高校駅伝で準優勝を飾る。メンバーは大学からの勧誘が引く手あまただったが、弓削にはたった1校からしか声がかからなかった。

監督は見抜いていた遅咲きの才能

 進学した山梨学大でも、1年目はケガに泣かされる。一時は選手を辞めることも考えたという。

「本当に高校3年間と大学1年目はケガしかしてなくて、5000mのタイムも16分台でした。もう全然走れてなくて、その頃、スタッフの中でマネージャーをやらせようという話があったみたいです」

 だが、指導者はまた異なる見方をしていたようだ。大崎悟史監督は、コーチ時代に弓削をスカウトした張本人。ケガを乗り越えた先に、期待をかけていたと話す。

「スカウトする際に、上りが強いとは聞いていたので。それこそ洛南の奥村(隆太郎)先生には『上りでは若林君と同等の力がある』と話していただきました。確かに1年目は苦労しましたけど、あの激坂王で結果を出してから変わってきましたよね」

【次ページ】 シード権獲得への決意

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