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ドラフトウラ話《西武育成6位指名》最速153キロ、デッドリフトは240kg…でも所属は3部リーグ “偏差値70超”「名門大の帰国子女」はなぜプロの道へ? 

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別府響

別府響Hibiki Beppu

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posted2025/10/29 11:01

ドラフトウラ話《西武育成6位指名》最速153キロ、デッドリフトは240kg…でも所属は3部リーグ “偏差値70超”「名門大の帰国子女」はなぜプロの道へ?<Number Web> photograph by Asami Enomoto

西武から育成6位指名を受けた正木悠馬。高校時代をアメリカで過ごし、本格的に投手をはじめたのは大学からという変わり種だ

 当人は「ただの数字」と謙遜するが、確かに150キロを投げられるポテンシャルを以てすれば、プロ野球選手を目指すことは決しておかしな話ではないように思える。だが、正木はそれまで「プロ」という選択肢をそこまで現実的に考えたことはなかった。

 大きな理由のひとつは、正木が所属する上智大学の硬式野球部が、東都リーグ3部所属のチームだったことだ。

 周りにプロを目指すような選手はほぼいない。プロ入団への筋道のつけ方も、当然わからない。いくら豪速球を投げ込んだとて、プロというゴールの現実味が簡単に見えない環境なのである。

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 ところが、正木は翌4月のリーグ公式戦・学習院大戦ではさらに最速記録を更新する153キロをマークする。そして、それ以外にも試合で150キロ台を連発した。

「さすがにここまでくると、『環境的にもっと整ったところでやったらどこまでいけるんだろう?』と自分でも思うようになってきました。そこでようやく気持ちがプロ一本に固まった感じでした。

 普通に働くなら今じゃなくてもできる。でも、野球となると本当に今しかできない。せっかくこうやってチャンスが来ているのなら、しっかり挑戦したいという気持ちが強くなっていきました」

 神奈川県で生まれた正木は水産関係の仕事に就く両親の都合で、1歳から小1までをアメリカ・アラスカ州で過ごした。

「当時は全然、不思議に思わなかったですけど、家の中から外に出ると普通に狐がいたり、鷲がいたり……今思うとスゴい環境ですね(笑)。学校は1学年20人ぐらいで、周囲は一面、雪景色。野球なんかもちろん気軽にできないので、スポーツはトライアスロンとか水泳をやっていましたね」

中学で再び渡米…高校は「地元の普通の公立校」

 小2の時に帰国し中学1年まで日本で過ごすと、中学2年からは今度は同じアメリカのワシントン州へと移り住んだ。

「日本にいた間は地域のクラブチームには入っていて、野球もやっていました。でも、それだけじゃなくて水泳やバドミントンも並行してやっていましたね。中学までは身長が150cm台で、野球ではずっと“俊足好打の内野手”でした」

 高校は「地元の普通の公立校」だというレドモンド高に入学。そこでも野球部に入った。

 ただ、普通の公立校という言葉に違わず、決してスポーツ強豪校というわけではなかった。しかもアメリカは季節ごとに取り組む競技が違う。その例にもれず、正木も野球以外にも様々な競技に挑戦する高校生活を送った。秋冬季は山中を走るクロスカントリー部に所属していたという。

【次ページ】 大学入学時に日本へ…「野球の強さは全く考えず」

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