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野ボール横丁BACK NUMBER
大谷翔平「じつは落選していた」楽天ジュニアのセレクション…そのエースだった“仙台の天才”は何者か「彼の剛速球で捕手が骨折」「仙台育英に進学」
text by

中村計Kei Nakamura
photograph byJIJI PRESS
posted2025/10/14 11:02
ドジャース大谷翔平(31歳)。大谷が小6のとき“落選”した楽天ジュニア、そのエースの今を追った
「僕ら、コールドだったか、とにかくすごい点差で負けたんです。渡辺には最初の打席、ホームランだかスリーベースを打たれたんですけど、打球が速くて。高校で大谷を見たときぐらい『すっごー』って感じでしたね。俺らってすごいんじゃね? くらいの感じで田舎から仙台の大会に乗り込んできて、もう、ぜんぜんすごくなかったなっていう」
仙台市の海岸沿いに位置する荒浜はとても小さな街だ。小学校は各学年とも1クラスしかなく、荒浜ビックウェーブは全学年合わせても14人しかいなかった。打球を捕ることができる選手から優先的にポジションを与えられた。
打順は二番と五番が女の子で、バットが振れる四番まででとにかく点を取るというスタイルだった。渡辺はこともなげに言った。
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「(当時の自分は)どえらい球を放ってたんで。6年生になったときに覚醒したんですよ。初戦はコールドゲームだったんですけど、全員、三振でした。真っ直ぐだけで。ファウルで一回、当てられただけだった気がしますね」
軟式ボールを使用する学童野球は故障を防ぐ観点から原則、変化球を投げることは禁じられている。また、ピッチャーズプレートと本塁の距離は通常は18.44メートルだが、学童野球の高学年の場合は16メートルしかない。リトルリーグほどではないものの、通常よりはかなり短い。
渡辺が続ける。
「球速は120キロは超えていたと思います。なので、体感でいくと130キロ以上ぐらいだったかもしれません」
いや、おそらくもっと出ていたはずだ。ホームベースまでの距離の違いも考慮に入れると、少なくとも140キロ近いボールに感じられたのではないか。
渡辺のボールを受け続けた一学年下の捕手は軟式の柔らかいボールだったにもかかわらず、ミットをはめた手の親指の付け根を疲労骨折してしまったことがあるそうだ。
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