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「まずいレベルにある」気候変動問題に、スポーツ界はどう関われるのか。五郎丸歩が、専門家・平田仁子に聞く
text by

井本直歩子Naoko Imoto
photograph byKiichi Matsumoto
posted2025/02/21 11:00

初顔合わせだが、お互い関心が募っていた五郎丸歩さんと平田仁子さん
自分ごとになった時には、人は変われる
――平田さん、スポーツ界が「こんなふうにしたら変わるんじゃないか」という助言はありますか。
平田 この気候変動の問題、まさに五郎丸さんがおっしゃった言葉の中でもすごく大事なのは、自分ごととしてとらえるところだと思います。このままだとスポーツをしたり、ワサビのきいたおいしいお寿司を食べたり、自然に触れたり、といった、自分が楽しいと思っているものがなくなってしまいそうなのに、石油をバンバン掘る、天然ガスをバンバン使うのを、「変えるのは難しい」と言って良しとしている人がたくさんいる。そんなおかしなことが起こっている中、目の前の子どもたちがこれから生きる社会を何とかしたいと自分ごとになった時には、人は変われると思っているんです。
だから、もう見て見ぬふりはやめませんか? と言いたいです。
この問題を一緒に解決するために、今の社会に生きる1人として、スポーツを愛する1人として、自分たちにどんなことができるか考えてみませんか? と考える機会を作ってみる。たとえば体育館などは窓が大きいことが多くて、寒くて暑い。そこにガスを使うボイラーの冷暖房を入れるとすごく効率が悪くて環境に悪いんです。なので、まず断熱をやってみる。そうすると、付けるボイラーの数が減るし、中長期的にコストも安くなる。スポーツ施設の脱炭素を考えることもすごく大事です。
――施設管理者とか学校の先生、指導者と、自分たちがいつも使っている施設のあり方を考えるということですね。
平田 それから、夏の暑さや災害が今後本当に激しくなるので、命を守ることもとても大事。特にアウトドアスポーツは子どもたちの命に関わるので、給水はもちろん、活動を制限しなくてはいけない場面もある。気候変動に向き合いながらスポーツのあり方も変わらざるを得なくなる。
五郎丸 昨夏、パリパラリンピックの視察に行った時、サステナビリティの取り組みでたくさんの驚きがありました。大会全体で出るCO2を半減させるためにオフセットのクレジットを大会前から買っていたり(大会開催に伴い排出される温室効果ガスの一部をクレジット購入により埋め合わせる取り組み)、施設の仮設スタンドは環境に優しい木材を使っていて、大会が終わったら次に利用する方が事前に決められていたんです。日本では作ったら終わりじゃないですか。
――使い捨てをやめ、資源を循環させる「セカンド・ライフ」という考えですね。
五郎丸 自転車も多かったですね。パリ五輪前に自転車レーンを約400km整備したそうです。東京は道が狭いので、なかなか難しいなとは感じましたけど。
あとはヴィーガン食。精製過程に排出するCO2量の少ない植物由来の食品を摂ろうということだと知りましたが、結構衝撃でした。野菜を食べている感覚ではないですよね。日本でヴィーガンの店を探そうと思ったらすごく大変だと思うんですよ。東京だったらまだあるかもしれませんが、全国的に見たら、まだ浸透していませんよね。
平田 でも最近トップアスリートの中で、ヴィーガンがむしろいいんだという人たちが結構出てきていますよね。テニスのジョコヴィッチもそうですし。
五郎丸 世界のトップの選手でヴィーガンはいて、筋骨隆々なんですよ。そういうのを見ていると、菜食でもいけるんだなと思います。結構マインドを変えられますよね。肉を食べないと強くなれないとか、表彰式の場には花束はあった方がいいとか(パリ五輪は表彰台で花束の代わりにポスターを贈呈)、思い込みって結構いっぱいあるんだなというのはつくづく感じましたよね。
平田 今までこうやってたからできない、という思い込みをひっくり返して、負荷をかけない生活やイベントが大前提にならないと地球は持たないよと踏み込んでいく。それって日本の中ではすごく言いにくいんですよね。でも誰かが言うと、「あっ、言っていいんだ」「そうだよね」と既成概念を崩していく扉を開ける。パリの話も、まさに前提が変わってきているということですよね。
五郎丸 今までの考え方ではいられない時代がもう来ているよというメッセージを届けるために、パリオリンピック・パラリンピックは成功だったんじゃないかなと思います。
――平田さん、最後に五郎丸さんにアドバイスはありますか?
平田 まずはトライ・アンド・エラーを繰り返す。失敗を恐れないこと。答えがないんですよね。私もいっぱい失敗しながら、本当に動かすカギはどこなんだろうって探りながらの人生です。特にスポーツは関係者が多いし、CO2が出ている要素も多い。
そんな中、このテーマにおける五郎丸さんの影響力は計り知れない。私じゃなくて、五郎丸さんが気候変動について語る。現場に落としていくために動いてくれることの、破壊的な力というのは、日本の中においてトリガーになるんじゃないかと思うほど、ものすごく可能性を感じます。
五郎丸 これで成功します、という解決策はあまりないかなと思っています。地道にやっていくしかない。でもやっぱり子どもたちが笑顔になっているとか、やってよかったというものがあれば、おそらく町は変わっていくだろうなと。これからも色々と学ばせてください。
平田 ぜひお手伝いさせてください。
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五郎丸 歩ごろうまる・あゆむ
一般社団法人Future Innovation Lab代表理事。元ラグビー日本代表。佐賀工業高校から早稲田大学に進学。2005、'06、'08年大学選手権優勝。'05年に日本代表初選出。卒業後、ヤマハ発動機ジュビロに所属。'15年W杯出場。'21年現役引退。その後'24年6月まで、静岡ブルーレヴズのクラブ・リレーションズ・オフィサーを務める。
平田 仁子ひらた・きみこ
一般社団法人Climate Integrate代表理事。聖心女子大卒業後、出版社勤務を経て米国の環境団体に所属。帰国後早稲田大で博士号取得。'98~2021年までNPO法人気候ネットワークに勤務。'21年、ゴールドマン環境賞受賞。'24年12月、脱炭素活動が評価され、米国のクライメートブレイクスルー賞を受賞し、3年で計400万ドルの支援を受ける。
