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「ウソだろ…」藤井聡太が“1対99”から大逆転、渡辺明は頭を抱え…“衝撃の王位戦”現地で何が起きていたのか「報道陣は“渡辺勝利”で待機していた」
text by
いしかわごうGo Ishikawa
photograph byNumber Web
posted2024/07/12 11:05
7月7日、王位戦第1局で「まさかの逆転負け」を喫した渡辺明九段。勝利した藤井聡太王位にとっても苦しい対局だった
ところが、クリアに出てきたチョン・ソンリョンがピッチに足を取られ、転倒してしまったのだ。ボールは無情にも磐田の山田大記の前に転がり、難なくゴールネットに蹴り込まれ、劇的な同点弾となった。
ホームサポーターが一斉に立ち上がり、スタジアムが爆発的な歓声に包まれる。記者席の自分は何が起きたのか理解できず、しばし呆然とするしかなかった。
記者席の目の前は、川崎側のベンチだった。テクニカルエリアで指示を出し続けていた鬼木達監督は、同点ゴールの瞬間にガックリと崩れ落ち、地面に両手をつけて悔しがっていた。
勝負は最後まで、何が起きるかわからない。
試合後のミックスゾーンに現れたチョン・ソンリョンは、悲痛な表情を浮かべ「(足が)引っかかってあの状況が起きてしまった。申し訳ない」と言葉を絞り出している。韓国代表として2度のW杯出場経験があり、幾度となく修羅場を潜ってきた百戦錬磨のベテランであっても、不運なアクシデントに見舞われることもあるのだ。そんな残酷な結末を2日連続で目の当たりにすることになろうとは思いもよらなかった。
渡辺明は頭を抱え、天井を見つめていた
2日間にわたって徳川園の対局場で対峙していた2人の勝負も、いよいよ決着の時を迎えていた。
形勢を逆転した藤井は、盤上を凝視して勝ち筋を確認し続ける。王者は一度掴んだ好機を、絶対に手放さないのである。
一方で、勝利がスルリと滑り落ちた渡辺は、身をよじり、両手で頭を抱え、ぐっと天井を見つめていた。そうでもしないと、心の平静が保てなかったようにも見えた。
そして負けを受け入れながらも、すぐには投了せずに連続王手をし続けた。合理的で冷静な渡辺らしからぬ光景だ。そんな渡辺の心情について、解説の鈴木がこう慮る。
「渡辺さんでも投げ切れないことがあるんです。普段の渡辺さんならば、絶対にこういう無駄な王手はしないですから。でも、心の整理をつけているのだと思います」
記録係から残り30秒を告げられると、渡辺は盤面ではなく右上に目をやり、15秒ほど何かを考えている様子だった。そして50秒になると、我に返ったかのように「負けました」と深々と頭を下げた。
136手で投了。激闘に終止符が打たれた。