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「いまの彼は次元が違い過ぎる」大谷翔平から“あの”ポール際ホームラン…盛岡大附→三菱重工West・二橋大地が語る「打者・大谷」のとてつもなさ

posted2024/07/09 11:05

 
「いまの彼は次元が違い過ぎる」大谷翔平から“あの”ポール際ホームラン…盛岡大附→三菱重工West・二橋大地が語る「打者・大谷」のとてつもなさ<Number Web> photograph by Genki Taguchi

今季から三菱重工East→Westに移籍し、心機一転の活躍を期す二橋大地。強打者でもある二橋から見る「打者・大谷翔平」の凄みとは?

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田口元義

田口元義Genki Taguchi

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Genki Taguchi

 ドジャースで連日、活躍を見せる大谷翔平選手。だが彼は高校最後の夏、甲子園の土を踏んでいない。その理由は盛岡大附との岩手大会決勝戦で、あの「ポール際の一発」があったからだ。今年で30歳の節目を迎える「大谷世代」では、すでに現役生活を退く選手も増えている。一方で、大谷の人生を変えたその一撃を放った二橋大地は、いまも現役を続けている。本人が語るこれまでの野球人生とは。<全2回の2回目/最初から読む>

 盛岡大附の関口清治は、監督として現役選手に必ずといっていいほど伝える逸話がある。

 それは、花巻東の「160キロピッチャー」大谷翔平を攻略した、2012年夏の岩手大会決勝だ。もちろん、どのようにして大谷の剛速球を打ち砕いたのかといった試合の核心に迫るシーンもあるが、今を生きる現役世代に焼き付けてもらいたいのは、先輩たちが「打倒大谷」に情熱を滾らせた青春の記憶である。

 そのなかには当然、大谷から試合を決めるホームランを打った二橋大地もいる。

「守備が苦手な子でしたから、とにかく打に偏った選手で。『いつまでバットを振ってるんだろう?』っていうくらい、バッティング練習に関してはかなり貪欲でした」

 11年の秋に大谷の牙城を崩すと誓い、1点を守り勝つ野球から攻撃野球にシフト変更した盛岡大附において、最大のポイントゲッターが4番バッターの二橋だった。

 大谷の速球対策として、普段の18.44メートルよりはるかに近い10メートルの距離から全速力で投じられるウレタンボールを捉えるべく、ひたすらバットを振る。シーズンオフ限定で盛岡大附の指導を買って出てくれた、光星学院(現:八戸学院光星)の総監督(当時)である金澤成奉の、静から動ではなく、動から動のバッティング――つまり、大谷がピッチングモーションに入った時点で、すでにスイングの体勢に入っているといった指導の甲斐あって、二橋は長距離砲として芽吹き始めた。

 とりわけ得意だったのが内角のストレートで、ホームランの多くが豪快に引っ張ったレフトポール際への打球だった。

 大谷から放った、高校通算39本目の一発がまさにそうである。

【次ページ】 いまの大谷は「次元が違い過ぎる」

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