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工藤公康がいま明かす“ソフトバンク最強時代”のウラ側「一瞬、選手に嫌われても構わない」「部屋にモニター6台」千賀滉大も耐えた“猛練習”の意図
text by
田尻耕太郎Kotaro Tajiri
photograph byYuki Suenaga
posted2024/06/01 11:04
ソフトバンク元監督・工藤公康がNumberWebのロングインタビューに応じた
「でも、鍛えるからこそ、自分の知らなかった自分になれるわけです」
工藤塾を耐え抜いた千賀は、2016年に初めて先発ローテーションに入り12勝を挙げて、それ以降7年連続2桁勝利をマークするなど一気にステージを駆け上がった。ほかに“塾生”だった岩嵜翔(現中日ドラゴンズ)は2017年にパ・リーグ最優秀中継ぎ賞、東浜巨が同年の最多勝投手になり、石川柊太も2020年に最多勝を獲得した。
「若いうちは自分自身では気づかないものです。でも、いつかやればいいでは遅い。若いうちにやらないと、体力が落ちてからではやれる限界は決まっています。当時の選手は、私の厳しい要求に文句も言いたくなったはずです。私自身、昔はそうでしたから。だけど、10年後とか15年後に『あの時があったから長く野球をやれた』と思ってもらえる様に。その一瞬、たとえ選手に嫌われても構わない。そう考えていました」
選手には1年でも長く現役を続けてほしい。その信念のもと「選手に何ができるのか」を常に考えていた。
「福岡の仕事部屋にモニター6台」
トレーニング面もそうだが、工藤の口からは「コンディショニング」という言葉も頻繁に聞かれた。選手がグラウンドで最上のパフォーマンスを発揮するために、未来に起こりうることを見通す。
たとえば、監督に就任して真っ先に球団に依頼したのが超音波機器の導入だった。エコー検査を行うことで筋肉の収縮率から疲労度などが分かる。回復していないと判断すれば登板を延期させる。投げたがる投手にも、数値を見せられれば納得してもらえる。どうすれば未然に故障を防ぐことができるのか。ありとあらゆることに注力した。
ここまでやるプロ野球監督がいるのか……と驚かされたのは、何も球場で起きていたことだけではなかった。工藤の自宅での過ごし方である。
監督時代福岡のマンションの仕事部屋には6台のモニターを用意していた。プロ野球は12球団、最大で6試合が同時に行われる。全試合を録画するためだった。