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「会長、すいません…」ユーリ阿久井政悟を変えた“忘れがたい中谷潤人戦”…地方のハンディを克服して“岡山県ジム初の世界王者”になるまで
posted2024/01/27 17:02
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph by
Hiroaki Yamaguchi
岡山県のジムから、初の世界チャンピオンが誕生した。倉敷守安ジム所属のユーリ阿久井政悟が1月23日、エディオンアリーナ大阪第1競技場でWBAフライ級王者、アルテム・ダラキアン(ウクライナ)を3-0判定で下してブラックのベルトを腰に巻いた。地方ジムの選手でも世界チャンピオンなれる。阿久井が“ハンディ”を背負うボクサーたちに夢を与えた。
丁寧にラウンドを重ねて無敗の王者を撃破
阿久井といえば11度のKO勝利中、初回KOを8度マークしている生粋のパンチャーだ。リングネームの由来である本家、元フライ級世界王者の勇利アルバチャコフを彷彿させる切れ味鋭い右ストレートをいかに当てるか。それがダラキアン撃破のカギであると周囲は見ていた。
しかし、無敗の王者は予想した通り、いや予想以上に曲者だった。スタートから挑戦者の右を警戒して距離を十分に取り、フットワークを使ってリングを大きく回り続けた。阿久井が仕掛ければ、空振りさせては逃げ、逃げられないと判断するや即クリンチ、というもどかしいボクシングに徹した。
「クリンチにいかに対応するか。クリンチでちょっとでもすき間があったらボディでも顔面でも打つ。それで嫌がらせようと思った」との言葉通り、阿久井はクリンチ際で地道な攻防を繰り返した。顔面への右が封じられたことにも対応し、ジャブや右ストレートをボディに集め、離れ際の左フックを使って試合を組み立てていった。
無敗王者は中盤になっても、終盤になっても、下がり続けながらチャンスを窺う姿勢を崩さない。それでも阿久井は前に出続け、「とらえどころのないチャンピオンなので、単発でもいいからコツコツ当てていくことを考えていた」というスタイルを実行。集中力を欠くことなく、丁寧にラウンドを重ねていった。
最後まで山場はなく、微妙なざわめきに包まれて試合は終了した。119-109、117-111、116-112で阿久井の勝利がアナウンスされると、会場がホッとしたムードに包まれたように感じた。
チャンピオンはクリーンヒットをあまり許さなかったとはいえ、さすがにあれだけディフェンシブなスタイルでジャッジの支持を得ることはできない。7度目の防衛に失敗したダラキアンは「阿久井はボクサーとして優れている。そして私よりも若い。時というのは残酷だと思った」と肩を落とした。ダラキアンは36歳、阿久井は28歳だ。