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「羽生さんの将棋がAIに殺されていた」羽生善治は、いかにして藤井聡太から2勝をもぎ取ったのか…「誰も知らなかった」オリジナルの構想とは?
text by
大川慎太郎Shintaro Okawa
photograph by日本将棋連盟
posted2023/11/29 17:00
王将戦での羽生善治(左)と藤井聡太。32歳差のタイトル戦が実現した
2022年秋から始まった王将戦挑戦者決定リーグ戦で羽生は渡辺明、永瀬拓矢、豊島将之といった猛者たちを相手に6戦全勝という圧倒的な勝ちっぷりで、藤井聡太への挑戦権を獲得したのだ。
少し前までは時流を避けて自分の経験が生きる形を指していましたが、研究時間を増やして流行形で戦っていこうという意欲が感じられました。印象深いのは永瀬九段との対局です。相手が待ち構えるところに飛び込んでいって活路を見出し、終盤ではギリギリのところで競り勝った。さすがだなと思いました」と森内は唸る。
深浦も、準備に変化があったのではないかと指摘する。
「AIを中心に使っていても、評価値だけではなくて他に大事なものを見つけたのだと思います。王将リーグでは横歩取りという戦型で2局勝っていましたけど、AIの評価値は高くはない。でもその先に自分の感性で試したいものがあったのでしょう」
32歳差のタイトル戦が実現
AIという時代の潮流に翻弄されていた羽生が、自分の感覚をうまく生かす形でようやく適切な付き合い方を見出したのだろう。将棋界最高の実績を誇る男がプライドをかなぐり捨てて、新しい将棋に真摯に向き合ったのだ。
時代の覇者が対峙していた。
藤井聡太と羽生善治。誰もが待ち望んだ32歳差のタイトル戦がついに実現したのだ。
開幕戦で駒を並べている時の羽生は、マスク越しにも笑みをかみ殺しているように映った。目の前には王将の藤井聡太が神妙な表情で座っている。羽生は時折、対局前に微笑を浮かべるが、これほど嬉しそうな様子はかつて見たことがなかった。
羽生「どこが悪かったのかわからない」
下馬評はタイトル戦で一度も負けていない藤井が圧倒していた。第6局の立会人を依頼されていた深浦も「正直、羽生さんがきついのかな、と。申し訳ないけど、ひょっとしたら第6局はないかもしれないと危惧していました」と率直に語る。