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“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
佐野海舟の恩師が謝罪「心配して申し訳ない」“22歳で堂々代表デビュー”に驚き「昌子とはルートが違ったので…」森保ジャパン新ボランチ候補の原点
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byKiichi Matsumoto
posted2023/11/24 11:02
W杯アジア2次予選のミャンマー戦で日本代表デビューを果たした佐野海舟(22歳)。海外組が揃うボランチ争いに割って入れるか
インターハイ予選はメンバー外だったが、本戦でメンバー入り。準々決勝まで駒を進めた米子北は強豪・青森山田と激突した。1年生ボランチの佐野は、当時2年のMF郷家友太(ベガルタ仙台)、3年のMF高橋壱晟(ジェフ千葉)とのちにJリーガーとなる選手といきなりマッチアップ。高校年代トップクラスのタレントに対し、球際やセカンドボールの回収で一歩も引かなかった。結果は敗戦となったが「自分がしっかりとプレーしていたら勝てたはず。もっとやれた」と心から悔しがる1年生の姿はとても印象的だった。
高校時代から寡黙で、多くを語らないタイプ。だが、ピッチに立てば憑依されたかのように中盤を動き回り、ボールを攫っていく。常に内に秘めた熱い思いを表現できる選手だった。
キャプテンを務めた高3時、スタメンの大半を2年生が占めたこともあり、米子北高は高円宮杯プレミアリーグWESTでは最下位となり、「1勝17敗」という屈辱的なシーズンを過ごした。攻守の要だった佐野は、どんな負けを重ねても決して下を向かなかったという。
「どれだけ失点しても、前に行く気持ちや気迫は消えなかった。最後の最後までその熱量のままでプレーをやりきるんです。それは簡単なことじゃないですよ。海舟にとって、自分たちの戦力が劣るとか、相手が強いとか一切関係ない。どんな相手でも絶対に勝つという気持ちでやっている。そこの信念を貫けるのは常に向上心があるから。最後まで寡黙のままだったけど、上手くなりたいという気持ちをずっと持っていた。それは今も継続しているし、職人のようなプレーに現れているのではないですかね」
ハードワークするタイプなのに3年間ケガなし
ボールへの反応や危機回避能力、推進力には天性の才能があるかもしれない。だが、中村が「練習で手を抜いたところは一度も見たことがない」と語るように、チャレンジを繰り返したことで“回収能力”が習慣化し、感覚化されていったのだった。
「でも不思議だったのは1年生からフルパワーで強度の高いプレーを繰り返していたのに、一度もケガしなかったんです。きっと、足首の強さとあの“標本”のようなゴツい足の裏があったからこそでしょうね。海舟自身も父親に土台を作ってもらったことを理解していると思う」
標本のような足の裏? 驚異的なフットワークを生む背景には、幼少期の驚くべき習慣があった。
◇ ◇ ◇
後編では、父・龍一さんの珍しい子育て論に迫りながら佐野海舟の軌跡をたどります。
(つづく)