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オリンピックPRESSBACK NUMBER
酷暑ドーハの世界陸上で「冷えを感じていた」…東京五輪を出場辞退、50km競歩・鈴木雄介の身に起きていたこと「最初は“疲れ”と思っていたが…」
posted2023/08/25 11:06
text by
小堀隆司Takashi Kohori
photograph by
Yuki Suenaga
2019年9月、中東ドーハで行われた世界陸上の男子50km競歩で優勝し、東京五輪の代表に内定した鈴木雄介(富士通)。しかしその後、2021年の東京五輪そして2022年のオレゴン世界陸上を辞退するなど大舞台からは姿を消した。一体、彼の身に何が起きていたのか。酷暑で問題となったドーハでの世界陸上から今年5月の大会復帰までを振り返る。(Number Webノンフィクション 全2回の第1回/続きは#2へ)
どんなに遅くても出たかった。でも…
心に深手を負った記憶はまだ、かさぶたにすらなっていないのかもしれない。
死にもの狂いで掴み取った東京オリンピックの出場権を、自ら手放す。2年半前に下したその決断を、鈴木雄介はまるで昨日のことのように思い出していた。
「もう無理だという気持ちと、最後まで諦めたくない気持ち。その間で揺れていて、なかなか決断はできませんでした。正直もう戦える状態ではなかったんですけど、どんなに遅くとも50kmを歩ききれるんであれば出たかったです。オリンピックを思い出作りの場にしてはいけないんでしょうけど、(50km競歩の)日本代表の座は自ら勝ち得た権利ですからね。最後の最後まで、その状態でも出たい気持ちはありました。ただ、それすらできない自分がいたので……」
メダル争いはおろか、完歩することすら難しい。自国開催の五輪を前に、鈴木はそれほどまでに追い込まれていた。
ドーハでの世界陸上の後に何が起きていたのか
およそ3年近くに及んだ絶望の日々――。鈴木が初めて自身の体に異変を感じたのは2019年秋のことである。同年9月、鈴木は中東ドーハで開催された世界陸上で男子50km競歩に出場し、完勝と言える内容で金メダルを獲得した。50kmのレースに出場するのは2度目だったが、世界一美しいと称されるフォームは一度も警告を取られず、4時間超のレースを先頭で歩ききった。
この優勝で鈴木は2020年東京五輪の出場権を獲得したが、一方で抱えきれないほどのダメージを体に負ってしまう。ドーハの気象条件が、あまりにも厳しかったことが原因だった。