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酷暑ドーハの世界陸上で「冷えを感じていた」…東京五輪を出場辞退、50km競歩・鈴木雄介の身に起きていたこと「最初は“疲れ”と思っていたが…」 

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小堀隆司

小堀隆司Takashi Kohori

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photograph byYuki Suenaga

posted2023/08/25 11:06

酷暑ドーハの世界陸上で「冷えを感じていた」…東京五輪を出場辞退、50km競歩・鈴木雄介の身に起きていたこと「最初は“疲れ”と思っていたが…」<Number Web> photograph by Yuki Suenaga

2019年世界陸上の50km競歩を優勝の後、2021年東京五輪と2022年世界陸上の出場を辞退した鈴木雄介。何が起きていたのか、本人の言葉で振り返る

「やっぱりそれだけ東京(五輪)に対する思いが強かったんだと思います。ケガが長引いた影響で、前回のリオ五輪は参加すらできなかった。20kmは山西らがいて確実に入れる状況ではなかったので、それだったらたとえ専門外でも50kmでいち早く日本代表になりたかったんです。

 2019年の春以降は練習も順調に積めて、コンディションもベストに近いくらい良かった。正直、20kmでも50kmでも相当なレベルで歩けるという自信がありました。だからこそ棄権という選択肢は浮かばなかったです。ドーハで金メダルを取ってもそこで終わりではなくて、東京ではもっと違う次元の自分を見せられると思っていた。東京では50kmで金メダルを目指せると考えていました」

経験したことのない疲労感

 高い技術力で後半の失速を抑え、鈴木はドーハで世界一の称号を手にする。完全復活を果たした日本のエースが、東京五輪の主役候補に躍り出た瞬間だった。まさかここから事態が暗転するとは、鈴木自身も思ってもみなかったことだろう。

 いま振り返れば、レース中から体に異変が生じていた。あれだけの暑さにもかかわらず、鈴木は30kmを過ぎた辺りから体に冷えを感じたという。さらに、ラスト数kmについては記憶の所々が曖昧だった。

「実際には熱中症になっていたんでしょうね。ラスト10kmは倒れなかっただけで、本当はそうなっていてもおかしくなかった。暑いのに冷えを感じるのって、熱中症のよくある症状なんです。ゴール直後も今までのレースより断然疲れていて、経験したことのない疲労感でした」

異様に眠い状態が続いた

 しかし、レース直後は金メダルを獲得した高揚感もあり、医務室に向かうことはなかった。覚えているのは、喧噪から離れて一人でふと空を見上げたときのこんな光景だ。

「レース直後にドーピング検査があって、そのテントを出たときに朝陽が昇ってきたんですよ。夜中にレースをして、取材対応があって、ドーピング検査を受け終えたら朝だったっていう(笑)。それがなんか印象的でしたね。結局、その夜もセレモニーとかがあって、ほとんど寝ないまま翌日には日本へ帰ってきました。だから、異様に眠い状態が続いたのも、ドーハの疲労が抜け切れていないんだと思い込んでいたんです」

【次ページ】 五輪があるので休む気になれなかった

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