Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER

“賭け将棋の鬼”からプロに…「命と引き換えなら安いもんじゃ」“元奨励会の筆者”とベテラン棋士が知る元真剣師・花村元司の意外な素顔 

text by

片山良三

片山良三Ryozo Katayama

PROFILE

photograph byMasaru Tsurumaki

posted2023/02/23 17:01

“賭け将棋の鬼”からプロに…「命と引き換えなら安いもんじゃ」“元奨励会の筆者”とベテラン棋士が知る元真剣師・花村元司の意外な素顔<Number Web> photograph by Masaru Tsurumaki

いわゆる「真剣師」から棋士になった花村元司さん。伝説の人物の素顔を追った

 師匠は教えてくれない、技術は見て盗むもの。というのが当時の将棋界の常識だっただけに、森下の1000局超えの稽古は驚き。「ほかに例がないと思います」と森下自身も振り返る。彼の奨励会時代の、子供らしくない手厚い指し回しは花村直伝だったことも納得できた。

「だらしない生活をする者は、将棋もだらしなくなる」

 ちなみに森下の場合は、「ギャンブルには絶対に手を出してはいけない」と師匠直々のお達しがあったそうだ。

「先生は几帳面で手堅いお人柄だった」と森下は言う。「だらしない生活をする者は、将棋もだらしなくなる」と12歳の入門時にポツリと言われ、それを「骨身にしみる言葉でした」と、ずっと守ってきたというのもすごいことではないか。

「師匠が自宅2階の書斎で色紙を書いておられたときのことでした。お茶を持ってきてくれと言われて、階下で奥様にいれていただいたお茶を持ち上げて、なんの気なしにテーブルにポンと置いたんです。すると師匠が『このお茶がひっくり返ってしまったら色紙が全滅するじゃないか』と。『こういう場合は下(畳)に置くんだぞ』と言われて、なるほどなと思ったことを覚えています。決して怖い顔をされていません。私は師匠に怒られた経験が一度もないんです。色紙と言えば、あるとき後援会の方に『花村先生は一枚一枚丁寧に書かれますね』と言われたときのことでした。師匠は『自分にとっては何十枚であっても、受け取る方にとってはひとり一枚のものだから』とボソッと言われて。あれは子供ながらにすごく響きました」

記録係として、師匠の対局を間近に見たときの記憶

 弟子は師匠の対局の記録係をつとめることができない決まりだが、私はあるとき横並びの隣の対局の記録係という立場で、師匠の対局を間近に見る機会があった。

 後手番の花村は、△3四歩、△4四歩としたあと△4二飛と振って四間飛車の作戦を明らかにした。ここまでは普通の進行だが、その次の指し手が単純に手損でしかない△5二飛。照れ隠しも含まれていたのか、「こりゃ行きすぎちゃったね」とおっしゃって、中飛車に振り直したのだ。セオリーもなにもあったものではない、自由すぎる指し方。弟子の目を気にすることもなく、指したい手を指すのが花村流だった。気の毒だったのはその対局の記録係をしていた奨励会員で、覗きにきた棋士に棋譜をチェックされて、そのたびに「キミ、ここ間違っているよ」と小声で指摘されていた。指した本人がそこにいるのに「本当にこう指されたんです」とも言えず、だまって下を向いて困っていたのを、こちらは表情に出さずにやはり下を向いてクスクス笑っていたものだ。

【次ページ】 戦地でマラリアに罹って頭髪を全部失っても…

BACK 1 2 3 4 5 NEXT
花村元司
石田和雄
池田修一
森下卓

ゲームの前後の記事

ページトップ