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冨安健洋のケガに“闘将”が激怒した日…「トミを見ると3、4人ばかり日本人を」「彼はモネ」アーセナル移籍後もボローニャで愛されていた
text by
弓削高志Takashi Yuge
photograph byGetty Images/Kiichi Matsumoto(JMPA)
posted2022/09/04 11:01
アーセナル、日本代表でも抜群の安定感を見せる冨安健洋。これからもイタリアで磨いた守備者のスキルを活かしてくれるはずだ
「冨安をテルツィーノ・デストロ(右SB)として見出したミハイロビッチは慧眼だった。アーセナルでも入団後すぐに、ポジションの序列を覆しただろう。今は怪我で欠場しているようだが、出場していたときには必ず期待以上の内容で応えていた。彼の並外れた精神力の賜物だよ。
正直、どこからあのメンタルの強さが湧いてくるのかわからない。冨安の成功によって、欧州での日本人選手への評価は上がったといえるだろうな。冨安を見る度、日本へ行ってもう3、4人ばかり日本人選手を連れて帰りたい気持ちになるくらいだ」
サバティーニの言葉はすべて本気だった。
「モネ、冨安は『モネ』だ」と語るワケ
日本のW杯での展望を尋ねると「残念ながら、冨安がW杯で優勝できるとは思えない。日本の優勝など起こり得ない」と、歯に衣着せぬ直言が返ってきた。それでもね、言わせてくれ、と名物フロントは続けた。
「モネ、冨安は『モネ』だ」
一体何事かと一瞬面食らったが、愛読書はドストエフスキー、自身で絵筆をとるサバティーニがカルチョ界随一の風流人であることを思い出した。
「私は描くのも観るのも“印象派”でね。静かに観る者を圧倒する冨安のプレーぶりは、グループリーグ全体の見どころになるだろう。彼の的確な状況判断とそれをプレーに還元する能力は本当にトップレベルだ。私は確信している。イタリア中を驚かせたように、彼はW杯で世界を驚かせるさ」
ボローニャ時代の冨安には、イタリアでのし上がるに留まらず、世界を相手にどうプレーするか、日本人がまだ誰も見たことのない光景を念頭に置いてプレーしていた印象がある。
そんな冨安本人とじっくり話をする機会が持てたのは、セリエA1年目の晩冬、イタリア全土でコロナ禍によるロックダウンが始まる数週間前のことだ。
東京五輪とカタールW杯予選に向けての意気込みを尋ねる取材だった。こちらの質問に対し、熟考しながら返ってきた答えは至って真面目で非の打ち所がなく、サッカーと日本代表のことを常に考えていなければこうはいかないと思わせるほど、模範的だった。
豪放磊落そうな見た目とは裏腹に、ピッチで見せる精密なプレーの秘訣を問うと、「周りのことを気にしちゃう」「めちゃ引きずる」という内省的な性格によるものだという答えが返ってきた。
ミハイロビッチは「冨安にはまだまだ狡猾さが足りない」とぼやいていたこともある。だが、最も戦術的で最も複雑とされるセリエAで、秘める野心の熱を表に出さず、飄々と繰り返した受け応えにこそ、彼の凄みは潜んでいるように思えてならない。