2回戦で池田と対戦する高鍋高校の坂口裕之は、そんな水野の状態を察知して一縷の望みを抱いた。この年の高鍋は投打とも前評判が高く、1回戦は旭川竜谷を10－2でくだしている。いまのおれたちなら水野を攻略できるかもしれない。試合前に膨らんでいた坂口の自信と期待は、初めて水野の球にバットを出した瞬間、木っ端微塵に吹き飛ばされた。坂口が振り返る。

「私は3番だったので、1回にすぐ水野と当たりました。その最初の打席の、最初のスイングですよ。1ストライクからの真っ直ぐを狙ったところへスライダーが来て、真芯で捉えたと思った打球が、一塁線へのファウルになった。変化球でこれじゃあ、真っ直ぐが来たら、絶対に差し込まれたに違いない。そう思った途端、もう水野の球に対応できなくなってしまったんです」

　まともに打ち返せないならと、第2打席はセーフティバントを試みたが、水野の前に転がって簡単に処理された。第3打席はセカンドゴロで、圧倒的大差をつけられていた終盤の第4打席はライトフライ。結果は水野にシャットアウトされ、一世を風靡した「やまびこ打線」の滅多打ちに遭い、0－12で完敗。手も足も出なかった。

まったく何の対応も修正もできなかった1試合

　大学、社会人と続いた野球人生の中で、「まったく何の対応も修正もできなかったのは、水野に抑えられたあの1試合だけ」と坂口は断言する。いったい、水野の何にそこまで完璧に封じ込められたのか。

「間合いですよ、間合いの早さ。ちぎっては投げ、とマスコミでも表現されたように、水野は1球1球の間隔がとにかく短い。私がタイミングを合わせる前に、水野はあの独特のフォーム、自分のタイミングでどんどん投げ込んでくる。だから、私は一度も自分の間合いで水野の球を待てなかった」

　矢継ぎ早に投げてこられたぶん、坂口の目には水野の球が「ものすごく速く映った」のだ。「万全の状態ではない」という情報は何の役にも立たなかった。むしろ本調子でなかっただけ、かえって水野の潜在能力の高さを感じさせた完封劇だった。

池田には、最初から完全に見下ろされていました

　3回戦で当たる広島商業は、池田と前年'82年夏の決勝でぶつかった強豪である。2－12で敗れたとはいえ、この'83年も池田の牙城を突き崩す有力な対抗馬と見られていた。2回戦はプロも注目していたエース仲田幸司を擁する興南高校に4－3で逆転勝ちしている。池田を食うかと期待されていた中、エース沖元茂雄は「いや、とても勝てるとは思えませんでした」という。

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