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「“沖縄、最弱”と言われても仕方ない」RIZINでの地元勢惨敗に砂辺光久も嘆き… それでも“具志堅用高から続く格闘技熱”は冷めず
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布施鋼治Koji Fuse
photograph byRIZIN FF Susumu Nagao
posted2022/07/11 17:00
![「“沖縄、最弱”と言われても仕方ない」RIZINでの地元勢惨敗に砂辺光久も嘆き… それでも“具志堅用高から続く格闘技熱”は冷めず<Number Web> photograph by RIZIN FF Susumu Nagao](https://number.ismcdn.jp/mwimgs/d/2/700/img_d2fbe93741f86501bfc6fb3e2d73bc6a528682.jpg)
7月2日の『RIZIN.36』。“沖縄の総大将”として第11試合に登場した砂辺光久だったが、中務修良に1R1分40秒でTKO負けを喫した
“日本、最弱”に奮起したかつての格闘技界のように
かつて日本のMMAは“日本、最弱”というレッテルを貼られたことがあった。1996年7月7日に開催された『VALE TUDO JAPAN '96』での話だ。全9試合中、6試合で“日本vs世界”のマッチメークが組まれたが、勝ったのは堀田祐美子だけで男子は4敗1分とひとつも白星がない結果に終わってしまった。それを受けて、当時の格闘技専門誌からありがたくないキャッチコピーをつけられてしまったのだ。
中でも、メインイベントで朝日昇がホイラー・グレイシーにチョークで一本負けを喫したシーンは鮮烈だった。このときMMAに携わった選手や関係者なら、誰でも“日本、最弱”という屈辱的な文言を覚えているだろう。ただ、少なくとも筆者が知る限り、激怒した選手や関係者はいなかった。ぐうの音も出ないほど一方的にやられてしまったのだから仕方あるまい。
今回、砂辺の口から“沖縄、最弱”という言葉が出たのも、26年前に似たような出来事があったことを鮮明に覚えていたからにほかならない。翌年11月に開催された『VALE TUDO JAPAN '97』では汚名を払拭しようと日本勢が発奮。前年同様6試合組まれた日本vs世界で3勝1敗2分と勝ち越した。
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もちろん当時と現在では日本のMMAを取り巻く環境は大きく違う。しかしながら“最弱”というレッテルを剥がすためには、少なくとも来年にはあると信じたい次回沖縄大会で奮起するしかあるまい。先日UFCで白星デビューを飾った“スーパールーキー”平良達郎を軸に、オール沖縄の強化合宿を張ってもいいではないか。
“沖縄、最弱”は決してネガティブなコピーではない。少なくとも今回完敗を喫した砂辺やBJら沖縄のレジェンドファイターにとっては間違いなく明日の糧になるし、新たなドラマのプロローグにもなる。
何かをきっかけに、沖縄の民は誰もが格闘技に目を向けひとつになる。
前回の沖縄大会に続き、今大会でも故郷に錦を飾れなかった“世界一危険な立ち技格闘技”ラウェイの王者・渡慶次幸平はインタビュールームを退出する間際、筆者に涙声で呟いた。
「また(この舞台に)帰ってきますから」
沖縄、チバリヨー!
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。
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