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「もう一回やり直せ!」12歳息子は目の前で土下座を繰り返した…なぜ親は“暴力監督”を止められなかった?「全国大会に行けなくなる」
text by
島沢優子Yuko Shimazawa
photograph byGetty Images
posted2022/05/15 11:01
写真はイメージです。本文とは関係ありません
体育館からの帰宅途中で、首にけがを負った男児の父親から真理のもとに電話が入った。
「うちの子、(迎えの)車に乗ってからずっと泣いてるんですけど。今日、何かありましたか?」
真理は起きたことを手短に説明し「かなりメンタルやられてると思うから、しっかり見てあげて。目を離さんといて」と叫ぶように訴えた。スマホを握る手の震えが、自分でもわかった。
その日は9月2日だった。前日の1日は、年間で子どもの自殺件数がもっとも高いと言われる日だ。テレビのニュースやネットで、子どもや若者への心理的なケアの重要性が語られていた。そのことが真理の頭をかすめていた。
「子どもたちに何かあったらどうしようって思いました」
ミスをする仲間に皆で「ちゃんとやってください」と土下座
Aは、それまでも子どもたちに土下座を命じることはあった。練習試合で最後のセットで負けてしまうと「土下座してこい」と相手チームに「もう1セット」をお願いしに行かせた。
「監督が負けて帰るんが嫌なだけなんですよ。うちはこんだけやってるぞ、厳しいぞっていうのをパフォーマンスで見せたいから」(玲)
同じように練習試合で相手のサーブが取れないと、サーブする相手選手に「僕を狙わないでください」と土下座をしに行かされた。
さらに、例えばトスを正確に上げるといった何かの技術ができない子どもがいると、Aは「こいつにお願いしろ」と命じる。他の子どもたちは土下座して「お願いします。ちゃんとやってください」と声をそろえて言わなくてはいけない。仲間のひとりを追い詰めるいじめのようなパフォーマンスを子どもたちにやらせていた。
「誰かに撮られたらどうするん?」止められない親たち
「いじめの土下座が一番見ていられなかった」「すごく嫌だった」
真理たちは声をそろえたが、当時はAの理不尽な指導が正当か不当かを考える冷静さを、彼らは持ち合わせていなかった。
「土下座とかさせてるの、誰かに撮られたらどうするん? っていう心配のほうが強かった」(真理)。虐待だ、パワハラだと訴えられて活動停止になったりすれば、全国大会に行くチャンスを失う。そちらのほうを親たちは恐れた。