羽生のフリーの演技を見て、幸せな気持ちになった

　そして翌日挑んだフリースケーティング。このシーズン、フェルナンデスは「ラ・マンチャの男」でスペインの有名な小説のキャラクター、ドン・キホーテをテーマに、そして羽生は「SEIMEI」で日本の歴史上の人物を演じ、能など伝統的な動きを取り入れたプログラムを選んでいた。

「4年に一度のオリンピックというのは、特別な舞台です。あの大会で感じるプレッシャーは独特なもので、経験したことのない人に説明するのは難しいです。スケートファンだけではなく、世界中が自分を見ていて、誰もが出られる大会ではない。ましてそこでメダルを競うなんて、ごく選ばれたアスリートだけに可能なことです。だから自国の文化を誇りに思っている選手が、自分が育ってきた文化の背景をテーマにした音楽やプログラムを選ぶことは、不思議ではありません。ぼくはフリーでドン・キホーテを主人公とした『ラ・マンチャの男』を選び、ユヅは日本がテーマの『SEIMEI』を選んだのは偶然だったけれど、ごく自然な成り行きだと思いました」

ハビエル・フェルナンデスの『ラ・マンチャの男』　©Asami Enomoto/JMPA

　フリーでは、羽生はほぼ完璧な演技を滑りきって2度目の金メダル。フェルナンデスは2位から3位に一つ順位を下げたものの、銅メダルを手にしてスペインに初のフィギュアスケートの五輪メダルをもたらした。羽生のフリー演技を見てフェルナンデスは幸せな気持ちになったと告白した。

「ユヅは（平昌オリンピック前）長い間怪我をしていて、100％の練習を積み重ねていくことができなかった。普段のノーマルなトレーニングができないまま、本番に挑んだわけです。それなのにあそこまでの演技を見せたのは、ぼくにとってもサプライズだったし、本当に嬉しかった。ぼく自身、怪我を抱えて本番に挑んで何とかやり遂げた経験もあるので、彼を祝福する気持ちは自然に湧きあがりました。オリンピックに限ったことではないけれど、ぼくは自分で満足のいく演技ができて、採点がフェアだと感じたら、結果が何位になろうとも重要ではないんです。だから彼が良い演技をすれば自分の順位がどうなる、というふうには考えなかった。あの状況で良い演技が出来たことが、仲間として本当に嬉しかった。彼はおそらく自分の怪我のことで頭がいっぱいだったから、それ以外のプレッシャーなど感じている余裕がなかったに違いありません。それも彼にとって良い方に作用したのじゃないかと思うんです」

フェルナンデス「彼は心の底からの戦士だ」

　6年間一緒にトレーニングをしてきて、羽生の強さはどこから来ると思うのか。そう聞くと、フェルナンデスは「それはぼくも知りたいです」と苦笑した。

「彼の強さがどこから来るのか、わからない。生まれつきの性格なのか、そのような教育を受けてきたのか。ご両親、お姉さんの影響もあるのか。また文化的な背景などもあるのかもしれませんが。ただわかっているのは、彼は心底から戦士であるということ。自分を信じる気持ちが強く、出場する全ての試合で勝たなくてはならないという強い思いを持って、自分自身にプレッシャーをかける。そしてここぞというところで、普段の実力以上のものを出してみせる。ぼくは出場する試合のすべてで勝たなくては、とは思わない。その時々でのコンディションがありますから。でも彼は、試合に出るからには絶対に一番になるという気合で行く。その気力が彼の強さを支えていると思います」

表彰式直前、互いの健闘を称え、抱き合った羽生とフェルナンデス　©Asami Enomoto/JMPA