明秀日立に決めたのは兄がすでに在学していたからだけではない。

「自宅から通って普通にマネージャーをするのではなく、自宅から出て、これまで母に当たり前のようにやってもらっていた洗濯などを自分でやりながら、甲子園に一番近い高校で野球部のマネージャーをしたかったんです」

　母以外の家族は皆、“茨城行き”に反対だった。明秀日立では越境入学で女子マネージャーを迎え入れたことがないことに加え、男子部員と同じ野球部寮に入るわけにいかない。他の女子寮生は部活動の仲間がいるが、野球部はもちろん田中1人だ。

　そこで田中は父や祖父に内緒で、兄へ入部の思いを綴った手紙を送り、金沢監督に渡してもらった。その熱意が金沢監督に伝わり、入部を認められると、家族も説得して茨城県日立市の寮に入った。

甲子園中止にもめげない兄の姿

　だが、夢と希望を抱えて入学したのも束の間、新型コロナウイルスが猛威を振るった。茨城に来たばかりで「最も不安だった」時期に、優しく接してくれた兄ら3年生たちと目指す最初で最後の夏の甲子園大会が中止に追い込まれた。

　ショックは大きかったが、それ以上に田中の心に刻まれたのは夢の舞台を理不尽に奪われてもなお、いつも通り練習に励み全力で勝利に向かう選手たちの姿だった。

　茨城独自大会では3年生全員がベンチ入りし、その全員が出場。チームは1度も負けることなく夏を終えた（4強が出揃った時点で打ち切り）。その先輩たちの勇姿を思い出すと田中は今でも涙を抑えることができない。

「一度も負けずにあそこまでいった先輩方の姿は本当にかっこよかったです。『甲子園』という目標が残された私たちはもっと頑張らないといけないと思いました」

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