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藤枝東が「サッカーの街」の象徴になった理由…不織布マスクも看板もぜんぶ藤色、体育の授業では全員スパイク着用 

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安藤隆人

安藤隆人Takahito Ando

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photograph byTakahito Ando

posted2021/12/27 11:07

藤枝東が「サッカーの街」の象徴になった理由…不織布マスクも看板もぜんぶ藤色、体育の授業では全員スパイク着用<Number Web> photograph by Takahito Ando

静岡県予選で静岡学園に敗れ、選手権出場を逃した藤枝東

 現在、小林監督をサポートするスタッフたちの大半も藤枝東OBだという。地元で育っている彼らは、街のこと、学校の伝統を深く理解する。だからこそ、長い期間にわたって一貫した指導が実現できているのかもしれない。

 その中で稀有な存在なのが、少年時代の小林監督が憧れを抱いた世代のメンバーでもある佐賀一平(元コンサドーレ札幌など)だ。北海道札幌市出身の佐賀は、藤枝東サッカー部にとって初の県外選手でもあった。

「札幌市と藤枝市がサッカー交流していた縁があって、小学校の時に札幌選抜と藤枝選抜はよく試合をしていました。藤枝遠征時のホームステイ先は(後の先輩となる)石川さんの家でした。試合をするといつも観客がたくさんいて、街全体がサッカーを応援してくれる場所だなとは思っていました」

 藤枝東にやってきてからも地域の人々の温かさに触れた。3年間を過ごしたことで、藤枝を「第二の故郷」と感じるようになった。

「よそ者の僕を学校、地域全部が受け入れてくれたのは本当に嬉しかった。だからこそ、プロになってからもずっと気にしていたし、現役を引退してからも『いつかは戻りたいな』と思っていました」

 Jリーガーとして活躍した後、古巣・札幌の下部組織を経て東京のジュニア世代のクラブチームを立ち上げた佐賀は、育成に関わる中で恩師・服部康雄元監督(13年間チームを指揮、現在は静岡県サッカー協会副会長)からの誘いを受け、12年に母校のコーチとして戻ってきた。

 外部コーチという肩書きながら、藤枝市のサッカーのまち推進課の事業にも関わる。グラウンドの管理、大会誘致のサポート、また高校女子サッカーの強豪・藤枝順心高校を中心とした女子サッカーの普及にも努めている。

「街の雰囲気は変わらない。生徒の質も良い意味で変わっていない。この藤枝東の伝統、藤枝市のサッカー文化を絶やしてはいけないなと思いました。どこに行っても藤枝東のOBが多く、ファミリーというか、絆を感じますよね。みんながサッカーによって同じ方向を見ている街。それが藤枝市だと思います」

「いつもサッカー部は応援されている」

 指導者たちの想いは、現役の選手たちにも伝わっている。

 今年U-17日本代表候補にも名を連ねた2年生MF中村朔良が「めちゃくちゃ楽しくて、大好きな時間です」と語るのは、体育の授業だ。

 人工芝ピッチには藤色のパンツに、サッカーソックスとスパイクを履いた生徒たちが集う。フルコートを使って4チームが同時に2試合を行う光景が目の前に広がった。生徒全員がスパイクを持っている、という逸話もある藤枝東だけに、サッカー部以外の生徒もほとんどがサッカー経験者。授業とは思えないほどハイレベルなパス回しが行われていた。

「誰も嫌々やっていなくて、楽しそうだし、本気だし、本当にスゴいなと。ボールが来た時にみんな笑顔になるので、どんどんボールを渡して、みんなの笑顔を見ることが好きなんです。違うクラスの人たちともサッカーを通じてコミュニケーションが取れて、サッカーで繋がれる。いつもサッカー部は応援されているし、僕たちがもっとがんばらないといけないと思います」

 三重県から藤枝東にやってきた中村が一番、“絆”を感じたのが11月の選手権予選だった。藤枝東は第94回大会(15年度)以降、選手権から遠ざかっているが、今年は100回大会出場を懸けて決勝まで勝ち上がっていた。

【次ページ】 決勝戦はvs静岡学園

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