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2頭が安楽死、福永祐一は鎖骨骨折…香港スプリントの“落馬事故”はなぜ起きたのか? “わずか1秒半”の悲劇で、避けるのは不可能
text by
島田明宏Akihiro Shimada
photograph byPhotostud
posted2021/12/13 17:10
スプリンターズS制覇時のピクシーナイトと福永祐一
“わずか1秒半”の悲劇…避けるのは困難
今回のように、レース中に馬が突然故障して転倒する事故はときおり発生する。馬は、基本的に後輪駆動のバイクのように後ろ脚の蹴りを主な推進力とし、前脚でそれを受け止めながら支えている。スピードに乗っているときに前脚を骨折し、蹄を地面につけられない状態になると、バイクが前輪を失ったのと同じように不安定な状態になる。それでも、1998年の天皇賞・秋のサイレンススズカのように、骨折しても、立ったまま止まるケースもある。
ときには、馬が故障しそうな前兆を、当該馬の鞍上や、近くにいる騎手が気づいて、回避する動きをすることもあるという。
しかし、大半の事故は、何の前触れもなく起きる。しかも、今回の発生場所は電撃のスプリントGIの4コーナーだ。アメージングスターが転倒してから、ピクシーナイトが躓くまで1秒半ほどしかなかった。他馬が間にいたため、福永とピクシーナイトからはアメージングスターが死角になっており、いきなり前方に転倒している馬が現れた、という感覚だったはずだ。
アメージングスターの直後の内にいて、動きが見えるところにいたストロンガー(5着)やレシステンシア(2着)は、人馬ともに衝突を避ける動きをすることができ、被害を最小限に食い止められた。
ピクシーナイトは転倒馬を踏まないように避けた
馬は、走りながら転びたくないと思っているし、転倒している他馬や騎手を踏みたくないと思っている。今回のダノンスマッシュやピクシーナイトも、馬が自分から踏むのを避ける動きをしたように見えた。
それは馬という生き物の優しさによるところもあるのだろうが、それ以上に、捕食動物から逃げる遺伝子を受け継いでいる草食動物であるがゆえに、自分が転んで逃げ後れることが生死に関わると本能的に考えているのではないか。冬場、蹄跡や吹き溜まりなどで雪面に凹凸のある放牧地を歩いたり走ったりする馬を見ていると、馬が本能的に自分のバランスを保とうとしていることがよくわかる。
なお、JRAで発生した最多頭数の落馬は、2010年1月11日、中山ダート1800mで行われた3歳新馬戦での9頭(16頭立て)だった。これは、出走馬の故障に起因するものではなく、4コーナーを回っていた馬のトモが外側に流れるようになり、それに前脚をさらわれて転倒した馬に、後続が次々と巻き込まれたものだ。落馬して競走を中止した9頭の馬体に異常はなかったが、6名の騎手が負傷した。