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【RIZIN】肥満体型のインドア少年→都内有数の進学校→なぜか芸人兼格闘家に “ブラックパンサー”ベイノアは意外性の宝庫
text by
布施鋼治Koji Fuse
photograph byRIZIN FF Susumu Nagao / Beynoah
posted2021/11/08 17:00
RIZINデビュー戦で初のMMAとは思えないほどの適応力の高さを見せたベイノア。肉体は見事に研ぎ澄まされ、ぽっちゃり体型だった少年時代の面影はない
その一方で、新宿高校への進学は全て「なりゆき」だったと明かした。
「周囲から言われた勉強をやって、塾にも行かされた結果、自分が入れるレベルが新宿高校くらいだっただけで、別に目指していたわけではない。要は何も考えていなかったんです」
肥満体型の息子に「KARATE」を学ばせた父
地元・板橋区成増で極真空手を続けながら、高校では硬式テニス部に所属していた。
「成績は全然ダメだったけど、新宿区の大会とかに出ていました。硬式テニスはパワーが必要なんです。ボールにちゃんと回転をかけないと、コートに落ちていかない。僕はそれがきちんとできないまま終わった気がします。もともと球技が下手なんですよ。なぜ格闘家は球技がダメな人が多いんですかね? 身体能力はあるけど、道具を使うということになると途端にダメになる。あっ、空手は徒手空拳ですね(笑)」
幼少の頃に空手をやり始めた理由も変わっている。外で遊ぶことが大好きな姉とは対照的に、ベイノアはお絵描きが好きなインドア派だった。母国アメリカで仕事をしていた父ベイネダーさんは久々に日本の地を踏むと、お人形遊びに熱中する息子――当時は肥満体型だった――の将来を案じ、自宅から通える空手道場に連れて行く。それが、いまも通う極真会館・東京城北支部の成増道場だった。
ベイノアは、父親は筋トレ&格闘技のマニアだったと打ち明ける。
「父親は自分でも空手やカンフーなど、いろいろな格闘技をやっている人でした。極真空手のことも昔から知っていたんでしょうね」
ベイネダーさんは新型コロナウイルスが世界で猛威を振るう直前に、心臓系の病気で天に召された。かわいがられた息子は「生きていたら60歳くらい」と回顧する。「基本はアメリカに住んでいたけど、一回だけ(東京で開催された)僕の試合を見に来てくれました。一緒にいる時間は長くなかったけど、高校卒業後、僕がアメリカに行く形で数カ月一緒に暮らしたことがいい思い出です」