パラリンピックPRESSBACK NUMBER
はるな愛(49歳)が今明かすパラ開会式のウラ側「8年前に弟が車いす生活になった」「中学時代は壮絶いじめで自殺も考えた」
posted2021/10/29 17:05
text by
田村崇仁Takahito Tamura
photograph by
KYODO
「WE HAVE WINGS(私たちには翼がある)」
「翼」をテーマにさまざまな障害を抱えたキャストが笑顔で思い思いに踊り、世界に生中継された東京パラリンピックの開会式は青い衣装に身を包んだタレント、はるな愛さんが満面の笑みで手拍子するオープニングから始まった。
LGBTQ(性的少数者)の当事者として一般公募で出演を射止め、なぜ五輪ではなく、パラの舞台に立ったのかーー。多様性と調和のメッセージを世界に発信した式典から2カ月経った今、そこには性的少数者が受けてきた差別や車いす生活の弟の存在があったことを、明かした。
インタビューでは涙ながらに「多様な人たちが手と手を取り合い、自由に羽ばたくワンチームの一体感があった」と振り返った通り、舞台上で言葉はなくても大空へ飛び立つストーリーは世界に共感を生み、見る側にストレートに響く説得力があった。
「8年前に弟が車いす生活になった」
アイドル松浦亜弥さんの口パク物まね「エアあやや」でお茶の間の人気者になったはるなさんは、心と体の性が一致しないトランスジェンダーの人たちが美を競う「ミスインターナショナルクイーン2009」で優勝した華々しい経歴がある。その当時、タイでの食事中に東南アジアの出席者の一人が「自分の国には自由がない。差別や偏見に苦しみ、外を出歩くこともできない」と突然泣きだした衝撃が今も忘れられない。
8年前には一つ年下の大好きな弟が脳梗塞で倒れて車いす生活になった。一緒に旅行に行くと、障害者用トイレやスロープの少ない問題に気づかされ、日常生活で障害者が社会からまだ取り残されている現実も感じていた。
世界に活躍の場を広げて自らもっとメッセージを発信したいと、約4年前からは米ニューヨークに毎月1週間、歌とダンスのレッスンに行くようになった。そんな時、パラ開会式の公募をインターネットで見つけた。「性的少数者への差別をなくしたいし、私は弟と一緒に生きている。もっと世の中が五輪とパラを一緒に開催できるような多様な世界に変わればいいかな。自分も世界の舞台に立ち、そんな思いを伝えたい」と直感的に応募することを決意した。
「みんな違って、みんないい」に続く衝撃の言葉
新型コロナウイルス禍の影響で、出演者全体の舞台練習が始まったのは本番数カ月前だった。