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“練習の鬼”で小学校からトップ→“リオで金銀銅”萩野公介が引退前の東京五輪でようやく「自分を認めてあげることができた」ワケ

posted2021/09/27 06:00

 
“練習の鬼”で小学校からトップ→“リオで金銀銅”萩野公介が引退前の東京五輪でようやく「自分を認めてあげることができた」ワケ<Number Web> photograph by Asami Enomoto/JMPA

東京五輪で200m個人メドレーを泳ぎ終え、瀬戸大也(左)と握手した萩野。戦友同士だけに分かる思いがある

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矢内由美子

矢内由美子Yumiko Yanai

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Asami Enomoto/JMPA

 五輪3大会に出場し、2016年リオデジャネイロ五輪で競泳男子400m個人メドレーで金メダルに輝くなど、日本競泳界をけん引した萩野公介の引退が報じられた。

 27歳。20年近くに渡ってトップを突き進んできた。学童記録を次々と塗り替えた小学生時代から始まり、段違いの強さを見せた中学生時代、17歳で'12年ロンドン五輪男子400m個人メドレー銅に輝いた高校時代。大学入学後に平井伯昌コーチの指導を受けるようになってからは'13年日本選手権で史上初の5冠に輝き、'14年アジア大会は4冠で大会MVP。'15年は右ひじ骨折によって世界選手権欠場を余儀なくされたが、翌年のリオデジャネイロ五輪では金銀銅メダルを獲得する大活躍だった。

 身長177cm、体重71kg。海外勢と並ぶと細身で小柄だが、その体には天賦の才が詰まっていた。自他ともに認める練習の鬼。頭の回転も抜群で、短時間のインタビューでも聞き手をハッとさせる言葉が次々と出てきた。完璧主義者として知られ、常に張り詰めた空気をまとっている印象もあった。

「今回が一番幸せな五輪だった」

 大学卒業後は東京五輪で個人メドレー2種目を含む金メダル3個を目指してプロになったが、'16年9月の右ひじ手術の影響が残ってフォームが戻らず、不振に苦しんだ。'19年には約3カ月間の休養。悩み抜いた先にあったのは、順位やタイムではない新たな価値観だった。

 3度目の五輪では男子200m個人メドレーが自身最後の種目だった。

「1本で終わってしまうかもしれないと思って全力で泳いだ」という予選は1分57秒39。準決勝では1分57秒47で決勝進出を決め、男泣きした。盟友の瀬戸大也も決勝進出を決めており、「大也と決勝で泳げるなんて。すごい贈り物を神様がくれた」と号泣した。1分57秒49で6位フィニッシュした決勝は一転して笑顔。3レースともほぼ同じタイムだったことからも、今ある自分のすべてを出し尽くすという信念が伝わった。

「リオで金銀銅を取ってから、3つ金だったらいいなと思って一生懸命頑張ってきた。うまくいかないことも多かったが、全部をひっくるめて自分を認めてあげることができた。今回が一番幸せな五輪だった」

 笑顔でプールを去る後ろ姿に、すがすがしさが漂っていた。

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