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「甘えん坊」だった智弁和歌山エース中西聖輝を覚醒させた“ライバル”小園健太とイチローの「強者のメンタル」《甲子園秘話》
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byHideki Sugiyama
posted2021/09/01 17:03
甲子園決勝では4回からマウンドに立った智弁和歌山のエース中西聖輝
監督が言うに、まだ青臭さが抜け切れていなかった中西に変化の兆しがみられるようになったのは、昨秋あたりからだという。
きっかけはふたつ。ひとつは「敗戦」だ。
秋の近畿大会準々決勝。中西が投げ合ったのは、同県の市和歌山の小園健太だった。「プロ注目右腕」対決と注目された一戦、中西は6安打2失点で完投とまずまずのパフォーマンスを披露したが、試合には敗れた。最速152キロを誇る小園が4安打完封と、中西の投球を上回ったのである。
中西はライバルへの対抗心をこう表す。
「同じ和歌山県であれだけ注目されるピッチャーがいれば、もちろん気になりますし『負けたくない』とは思います。でも、小園投手だけではなく、市和歌山というチームの全員に成長させてもらえたと思っています」
イチローからの言葉が「ずっと自分の中にある」
秋の敗戦は中西にとって臥薪嘗胆の始まりであり、その意志をより固くさせた存在がいた。12月に臨時コーチとして3日間、指導を受けたイチローだ。
「ずっと見てるから。ちゃんとやってよ」
単純で、明快なエール。だからこそ、選手たちの魂が揺さぶられたのだと中谷は言う。
「本気で日本一を目指している高校生が、スーパースターから言葉をいただけること自体、本当にありがたいことですから。子供たちは日々、あのひと言を思い出して、苦しい時に励みにしていました。誰も見ていない時でも背中を押されて、努力してくれていました」
中西もこれを体現した。
どれだけ練習が厳しくても手を抜かない。ひとり道を歩いていて、ゴミが落ちていれば拾う。一つひとつの行動が血となり肉となっていた。
「『ずっと見てるから』っていう言葉が、ずっと自分のなかにあって。どんな時でも手を抜かない。イチローさんだけではなくて、いろんな人から見られてるんだっていうことを常に意識しながら生活しています」
教えを“体現”した場面とは
もうひとつ、中西にはイチローから授かった「強者のメンタル」があった。
それは、緊張を楽しむこと。
スーパースターからの教えを、中西は「体現できたと思います」と矜持をにじませる。
春の和歌山県大会で最速147キロをマークするなど、一皮むけた姿を見せ優勝に貢献。夏も4試合18回を投げ2失点と安定感を示し、決勝戦では好リリーフで胴上げ投手となった。いずれも相手は、前年秋に苦汁を嘗めさせられた市和歌山だった。
「楽しむ」と肝に銘じたといっても、中西のそれは笑顔など嬉々とした仕草ではなく、どちらかと言えばマウンドでは憮然としている。緊張を同居させることで常に自分を俯瞰して投げるような、そんな雰囲気があった。
それを感じさせたのが甲子園だった。
初登板の高松商戦、9回2死から2点を奪われ完投できなかった自分の投球を、「ミス」と断じた。その未熟さを挽回したのが、準決勝の近江戦だった。9回を3者凡退できっちり抑え、4安打10奪三振、1失点の完投。エースとしての意地を見せた。