甲子園の風BACK NUMBER
《高校野球》米子松蔭・ツイートした主将に聞く“140文字に込めた思い”…辞退から一転、“逆転サヨナラ勝ち”のウラ側
text by
石倉利英Toshihide Ishikura
photograph byToshihide Ishikura
posted2021/07/31 11:02
自らの意志でツイートした米子松蔭高校の主将・西村虎之助(3年)。甲子園出場の夢は果たせなかったが、最後の夏をグラウンドで終えることができた
学校側が試合時間の先延ばしなど各所への要請を進める中、チームは試合があると信じてウォーミングアップやキャッチボールをして準備を進めた。「何となく、試合はできるだろうと思っていた」という西村主将は、メンバー交換に備えて杉森克彦部長とともに、どらドラパーク米子市民球場へ。残りのメンバーと監督は、球場に向かう途中にある米子保健所が開いたら即座に対応してもらえるように、バスで学校を出発した。
8時20分ごろ、バス内の関係者に電話が。運転していた教頭が、塩塚監督に言った。
「すまん、戻るけん」
出場を辞退し、不戦敗となることが決まったとの連絡だった。塩塚監督は「その瞬間、全身の力が入らなくなった。目の前が真っ暗になって、涙が出てきました」と振り返る。
右に曲がれば球場に着く交差点で、バスは左に曲がった。うなだれる監督の背中から、どうなったのかを悟った選手たちの泣き声が聞こえてきた。
母の言葉にも呆然とする西村主将
学校に戻った部員たちは長崎校長から説明を聞き、無念の涙に暮れた。いったん下宿生も自宅に戻ることになり、西村主将も応援に来ていた母・さゆりさんが運転する車で、大阪府の自宅に向かった。
「こういう形で終わるのか、と思っていました。母は『仕方がないこと。悔しいけど切り替えて、前を向いて頑張っていこう』と言ってくれましたけど……」
ハンドルを握りながら、母は泣いていた。西村主将は涙も枯れて、呆然と耳を傾けていた。
自宅に戻ってからも、母は息子に「いまは本当に悔しいだろうけど、この経験は今後の人生に生きる。今日だけは愚痴を聞くから、吐き出してもいい。でも明日からは、この話は忘れて次に向かおう」と語りかけた。その言葉に甘えて「何で出られないんだ」などと愚痴っているうちに、少し落ち着いてきたが、夜遅くなって布団に入っても、なかなか眠れない。
「球場から戻って部員が集まっている部屋に入ったとき、同級生の久白優人と目が合いました。あの泣き顔は、いまでも忘れられません。それを何度も思い出して、寝られませんでした」