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「左足は脱臼し、右手中指はえぐられていた」ソフトボール上野由岐子(39歳)が語っていた13年前“あの413球の裏側”
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byJMPA
posted2021/07/26 17:08
2日間で413を投げ抜き、ソフトボール代表を金メダルに導いた26歳の上野由岐子
上野 3試合とも投げたかは覚えていませんが、確かに、小学校のときは1日3試合とかはしょっちゅうありました。でも試合も5回とかですし、その頃は遊びのような感覚でしたから。比較にはなりません。でも、1日で(米戦と豪州戦)318球投げたのは過去最高だと思います。冬の投げ込み並ですね。ただ、投げ込みのときは最後の方はチャラチャラって感じですから(笑)。でも、決勝トーナメントは一瞬も気の抜けない相手ばかりです。勝って当たり前の国内の試合ならともかく、そんな中であの集中力を持続できた。今となると、もう想像つかないですね。
――オーストラリア戦で、延長11回表に1点を勝ち越されましたよね。あのとき、本当にまだ勝利を信じることができましたか。
上野 その前のアメリカ戦では延長9回に一気に4失点してしまったので、オーストラリア戦は、最悪でも1回1失点でしのぐという課題を持って臨んでいたんです。それができていたので、何とかしてくれるんじゃないかという思いはありました。オーストラリア戦では7回に同点ホームランを打たれましたよね。あの失敗も決勝戦で生きました。最後まで勝ち急がずに投げ切ることができましたからね。そういう風にオリンピックは一試合一試合、着実に成長できた。前の2試合がなかったら決勝戦での投球はなかったと思います。本当に不思議なぐらい、失敗しても最終的にはそれがいい方向へいったんです。
――決勝戦は究極の投球だったと。
上野 それは結果が証明していると思います。
――そんな思いをして手にした金メダルの感触はどうでしたか。
上野 メダルをかけてもらった瞬間、思わず触っちゃいましたね。表彰式中も、ずっと触ってました。ああ、これが感動するってことなんだな、って。そうしたら自然と涙が出てきて。人前で泣くことはタブーだったんですけど、あのときだけは抑え切れませんでした。
――今後はソフトボールを楽しんでやっていきたいとおっしゃっていましたが、あれだけの舞台を経験するとそれだけでは物足りなくなったりするのではないですか。
上野 いや、とりあえず、もういいですね。めちゃめちゃ苦しかったですもん。もうあんなにがんばりたくないっていう正直な自分もいます。いろいろな人の思いがあって、それが励みになることもありましたけど、重圧にもなった。勝負事って、手を抜いたら抜いたぶんの結果しか出ないんですよ。1、2年経ったらまた違う感情が芽生えてくるかもしれませんけど、今はちょっとぐらい手を抜いてもいいだろ、みたいな心境ですね(笑)。
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