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“借金処理”の確執も超えて…桑田真澄コーチ就任のウラにある原辰徳監督の“聖域なき改革”とは 

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鷲田康

鷲田康Yasushi Washida

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photograph bySANKEI SHINBUN

posted2021/01/13 17:30

“借金処理”の確執も超えて…桑田真澄コーチ就任のウラにある原辰徳監督の“聖域なき改革”とは<Number Web> photograph by SANKEI SHINBUN

原辰徳監督(左)と並んで会見に臨んだ桑田真澄一軍投手チーフコーチ補佐

巨人の黄金時代に3本柱の一角を担った実績

 現役通算173勝を挙げ、斎藤雅樹さん、槙原寛己さんとともに巨人の黄金時代を支えた3本柱の一角を担った実績はもちろん十二分だ。さらに巨人退団後の2007年にはピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結んで渡米。同年6月にはメジャー昇格を果たして、大リーグのキャンプからシーズンを自分の目で見てきた経験もある。

 翌08年の現役引退後は09年から早大大学院で修士課程を修め、14年には東大大学院研究生、16年からは同特任研究員として制球に関わる身体メカニズムの分析など、野球を論理的な視点から学んできた経歴もある。

 そういう意味では原監督が求める、従来の常識にとらわれない合理的な指導ができる人物として、まさにうってつけの人材だった。

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 そして桑田さん自身の現場復帰への機も熟していたのである。

「嬉しかった、その一言に尽きますね」

 就任会見で原監督からコーチ就任の打診を受けた際の率直な気持ちを問われた桑田さんはこう語った。

「一言で申しますと、嬉しかった、その一言に尽きますね」

 この言葉が表すように桑田さんも本格的な現場復帰を渇望していたのは確かだ。

 これまでは少年野球の指導をする傍ら、短期的に東大野球部の指導など、アマチュアチームの指導経験は積んできた。

 ただプロの世界では11年のオフにはDeNAが監督就任要請をするという噂が流れたことはあったが、結果的にはあくまで噂止まり。これまで具体的に現場復帰への道が開けたことはなかった。

 それでも本人の中では「いつか必ず」という思いがあるという話を聞いたこともあった。そうして桑田さんはいつくるか分からないプロ野球での指導のために、静かに、しかしじっくりと腰を据えて準備をしてきていたのである。

【次ページ】 本来なら交わることはなかった2人

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