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36歳琴奨菊、最年長関取の引退 9年前、新大関が“憧れの先輩大関”魁皇に語った夢
posted2020/11/18 17:15
text by
佐藤祥子Shoko Sato
photograph by
JMPA
琴奨菊が新大関となった2011年11月、幼い頃から憧れ続けたという元大関魁皇(現浅香山親方)との対談が実現していた。直前の七月場所で、当時38歳、現役最年長関取だった大関魁皇が引退。翌九月場所では琴奨菊が大関昇進を決める。まるで同郷の後輩にバトンを渡すかのような「新旧大関交代劇」だった。ここに当時の対談の一部を再構成・再録したい。(『文藝春秋』2011年12月号 「元大関から新大関へ 万里一空 目指せ横綱」)
都内某所の対談場所で、予定時刻より30分近く早くに姿を見せた琴奨菊は、魁皇の到着を待つ間、着席しようとしない。「魁皇関がいらっしゃってから座ります」と、緊張感いっぱいの初々しさを見せていた。
憧れの魁皇を前に、姿勢を正し、まるで小学生の一ファンのように目を輝かせる新大関。一方、そんな姿に目を細める「元ベテラン大関」の魁皇――ふたりの対談は、まずはお互いを思いやり、気遣う言葉から始まった。
「今回の対談、本当は断ろうと思ったんだ」
魁皇 今回の対談、本当は断ろうと思ったんだ。だって自分の時もそうだったけれど、昇進直後の今はめちゃくちゃに忙しい時だし、1日がもったいないでしょ。一番心配なのは大関としての場所前に、どれだけ稽古に集中できて体調管理ができるかだから。わざわざ移動も大変だろうし、俺が松戸(琴奨菊の所属する千葉県松戸市の佐渡ヶ嶽部屋)まで行こうと思っていたんだ。
琴奨菊 いや、もしそんなことをして戴くんだったら、僕が絶対お断りしてました!
魁皇 俺はもう現役じゃないし、なんといっても現役力士が一番大事なんだから。この後、地元の九州入りしてからもいろんなイベントがあるだろうしね。体も疲れてプレッシャーも掛けられるだろうし。でもプレッシャーには強そうだね(笑)。俺は弱かったからなぁ。
琴奨菊 弱いんス、弱いんス(笑)。こうして魁皇関と喋ること自体、緊張してますから。
魁皇 キク(琴奨菊の愛称)は酒が飲めないんだよな。だから今日は俺も飲まないよ。ウーロン茶でいいよ。じゃあ、大関、おめでとうございます!
琴奨菊 ありがとうございます、ありがとうございます! 魁皇関が7月の引退会見のあとに支度部屋に顔を出されて、「次はキクが頑張れ」と言ってくださって。その言葉が、すごくうれしかったんです。
魁皇 俺の現役最後の相手はキクでもよかったかな(笑)。キクとの最後の一番、よく憶えているんだ。俺の得意の型になったんだけど、寄り切られて負けた。「なんだろう、この体から来る圧力は? やっぱりすごいな」と思ったよ。
琴奨菊 自分は負けてもともとで行ける立場でしたし、一生懸命ぶつかるだけでした。
小学校の文集で「かいおうぜきみたいになりたい」
魁皇 今場所は花道の警備をしながら、「今日の琴奨菊の相手は誰だろう」と毎日気にしていたんだ。俺が昇進した時はもう28歳、7度目でやっと上がった。キクは27歳という年齢でこうして勢いに乗っていけるんだから、さらに止まらないでいけば、まだ「上」はある。