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センバツ出場予定高校→ヤギ成育&部員1人の農業校へ 磐城高・前部長の数奇な野球人生
text by
清水岳志Takeshi Shimizu
photograph byTakashi Shimizu
posted2020/10/11 17:00
部員1人の旭農業高校だが、そこにも野球の風景はきちんとある
合同チームが増える一方の中で
合同チームは増える一方だ。千葉県も千葉市周辺の都市部は高校も多く、強豪校が集中している。しかし、その他の地域は合同チームが増えている。この辺りの野球少年は銚子商、東総工に進む子が多いようだ。
旭農はサッカーも数年で人数が減ってきて、単独では出られない状況。バスケも足りないのだそうだ。
首脳陣の2人は磐城と金足農という名門校の出身で強豪校の良さ、価値は身に染みている。だが今は部員1人という真逆の現状。与えられた場でやる、という他に選択肢はないが不思議な因果に思える。練習終わりに吉野君が外野ダッシュを一人で繰り返す姿を見ながら、その心中を推し量れない。
「ヤギが傍にいれば、支え、よりどころになるかな」
小林監督が笑う。
進学校と農業校という立ち位置の違い
合同チームには良さもある。知らない人間同士が練習、試合を通じてわかり合っていかないといけない。協力も譲歩も妥協もある。ましてや集まる学校が多いと、よりややこしさは増える。一方で、化学反応で生まれてくるものは柔らかい物だったり、強かったり。一足先に大人に近づく、という人もいる。
「練習が終わった午後は合同(チームの)の友達と成田に遊びに行く」
吉野君の言葉が新鮮で嬉しかった。
「ここの規模は磐城の半分ほど。生徒はほとんど名前と顔が一致する」と大場部長が言う。畜産科副担任もしていて、部活以外でも日々、新しい発見のようだ。
ある日、牛の散歩を手伝ったそうだが、ものすごい力で引っ張られたそうだ。
「牛は普段、牛舎から出ないので、散歩で外に出ると興奮するんです。生徒たちは慣れてるから上手く散歩するんですよ」と子供たちに感心したという。
磐城はまず、勉強ありき。進学校と農業校という立ち位置の大きな違いもある。
「学校そのものの環境からガラリと変わりました。磐城のOBでしたし、他の学校を知らない。物差しがなかったので、わからないことばかり。不思議な事件もたくさん起こるし、また挨拶にしても目上の者に対して区別がなく、教師にもため口になっちゃう。社会に出たら言葉のマナーは教えてくれる人はいない。『旭農、何を教えてきたんだ』と言われてしまう。その責任もあると思います。
磐城の経験でここで生かすものがあるのか。木村監督は人としての生き方を指導された方。私も野球部だけではなくて学校としても、ちゃんと人を育てないといけない、と思っています」