甲子園の風BACK NUMBER
センバツ出場予定高校→ヤギ成育&部員1人の農業校へ 磐城高・前部長の数奇な野球人生
text by
清水岳志Takeshi Shimizu
photograph byTakashi Shimizu
posted2020/10/11 17:00
部員1人の旭農業高校だが、そこにも野球の風景はきちんとある
「高校野球の端から端とでも」
猛暑がやっと過ぎ去ったばかり。秋が始まったところなのに、来年の春まで公式戦はない。週末の特定の合同練習がない限り、ひとりぼっちの練習が続く。
「秋は唯一、1勝できるブロックだった。みんなで、そう言ってたのに」
吉野君はモチベーションを保つのが大変、と笑って言ったが“ストレイシープ”ではないと安心した。
大場部長は磐城という伝統校から、部員1人という存続危機の高校にやってきた。
「高校野球の端から端とでも言っていいでしょうか。ダイナミックな貴重な変化を経験することになりました」
前向きな気持ちを抱いているが、ここでの難しさは想像に難くない。
「指導の仕方を模索してます。1対1でできるのでいいのかなと思いましたが、言いすぎたり、指導方法の押し付けはこちらのエゴになる。彼がやる気をなくしたり、ケガをしたり、辞めたりしたら、僕らも仕事がなくなる。一人でも練習をするほど彼は野球が好き。少しでもうまくなったり、楽しいなと続けてくれることの手伝いが今の仕事なのかなと思うんです」
甲子園に行くことが全てではないと改めて学んだという。
ヤギを監視しつつボール拾いの監督
小林監督にとっても日々の試行錯誤は同じだ。1人を相手にノックをするが、それはメリハリがなくて単調だ。フリーバッティングの時はヤギの監視をしつつ、外野でボールを拾う。
小林監督は実はあの金足農出身。国立大の農学部を卒業し講師を2年、そして正式な教員として旭農に来て4年目になる。この小さな学校で、野球に携われるだけ、感謝しているという。
金足農の3年時、県のベスト4に残ったというから、自身の練習は厳しかっただろう。今とのギャップはもちろん、ある。
「1人だと周りに支え合う仲間がいない。辞めることを考えますよね、普通は。モチベーションを保つことが難しいんだと思います。彼は秋は一桁背番号で出る予定でした・・・。野球を好きでやってくれるのが大事。その気持ちがなくならないように」
痛い痒いといった感覚は吉野君次第である。しかし怠ける人間にしてしまうことは許されない。大人たちがどういう教えをして子供を導いていくのか。
「僕らが試されてます」
2人は声をそろえる。自粛で滞っていた部員の勧誘もする、という。部員が少ないことを弱いことの“スケープゴート”にはできない。