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<引退記念インタビュー>
豊ノ島「波瀾万丈、濃すぎる18年でした」

posted2020/05/22 08:00

 
<引退記念インタビュー>豊ノ島「波瀾万丈、濃すぎる18年でした」<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto

text by

佐藤祥子

佐藤祥子Shoko Sato

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photograph by

Kiichi Matsumoto

最高位は関脇ながら、記憶に残る名勝負、人間性で愛された名物力士が土俵を去った。山あり谷ありの現役生活、コロナ騒動下での引退を本人はどう思うのか。話を聞いた。(Number1003号掲載)

 新型コロナウイルスの問題で5月場所が中止になりましたが、3月の無観客開催場所を最後として、4月17日に引退し、年寄井筒を襲名しました。引退会見はできませんでしたが、仕方ないことですよね……。誰のせいでもありませんから。

 今年1月場所では東十両11枚目で4勝11敗。幕下に落ちることが決まり、引退を覚悟したんですが、この時、7歳の娘に「私がお金を貸してあげるからまだ辞めないで!」と泣かれたんですね。3月場所で勝ち越せば十両復帰の可能性もあったので気持ちを奮い立たせたのですが、結果、2勝5敗。「負け越したら引退」と、場所前から決めていましたし、娘も納得してくれました。「引退直後、親方として花道を警備しながら土俵を見ると、寂しくなるよ」と皆が言うのですが、僕の場合はそれもない。今はただホッとしています。18年間、自分自身はやり切ったと思えるし、満足して辞めるわけですから。

 元関脇だった僕が、2016年の7月場所前に稽古でアキレス腱を断裂し、約2年のあいだ幕下に落ちて、無給生活になりました。この時も、気持ちが切れかかっていて師匠に引退を申し出たんです。男同士ですから「そうか、お疲れ様」という感じでした。自分ひとりだったら引退していましたね。でも、家族の存在がブレーキになってくれた。「ケガさえ治れば大丈夫だよ!」と励まされ、実際、その後に十両、幕内へと復帰できたんですね。でも、もうさすがに今回はケガを言い訳にできない。必死にやっても勝てなかったんですから。

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不屈の蹄音。日本ダービーの新常識

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