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石川遼、15歳が掴んだ奇跡の初優勝。
思い返すと「まさに社会科見学」。
text by
桂川洋一Yoichi Katsuragawa
photograph byKyodo News
posted2020/05/20 11:50
2007年5月20日、史上最年少で優勝を果たした石川遼。少し照れた笑顔を見せながらチャンピオンブレザーを羽織った。
プロの凄みに驚き、赤っ恥もかいた。
初めてのプロツアー参戦の心境を「まさに社会科見学だった」と石川は思い返す。会場で選手をサポートする各メーカーの大型バスで新品のボールをもらって興奮し、69歳だった永久シード選手、故・杉原輝雄のショット練習を眺めてあんぐり口をあけた。
「ぜんぶ同じところにボールが落ちて。プロってすげえ……!って」
実は盛大に赤っ恥もかいていた。
芝生のドライビングレンジには試合期間中、練習可能なエリアを示すため、列をなす選手たちに沿うように1本の長いロープが地面に張ってある。開幕2日前、石川がスイングをすると、フォロースルーの際にクラブヘッドが勢いよくこのロープに引っかかってしまった。ロープはたちまち各選手の足元から目の前に舞い上がり、「いきなり、プロの皆さんに迷惑をかけてしまった」記憶がいまも気恥ずかしい。
同組でプレーしたのは立山光広。
試合に入っても、不思議な縁があった。
大会は初日、強風の影響で昼過ぎに中止された。すでにスタートしていた選手たちも多くいたが、その時点ですべてのスコアが取り消しになり、翌2日目に改めて第1ラウンドの18ホールが行われることになった(3日目に第2ラウンド18ホール、最終日に決勝ラウンド進出の上位者が36ホールをプレー)。
その初日、OB連発で下位に低迷していた立山光広は第1ラウンドがやり直しになると聞くなり大喜び。「ロッカールームで立山さんの“万歳三唱”が聞こえたんです。おもしろいなあ……と思って」と、隅っこで控えめに笑っていた石川だったが、まさかそのベテランと日曜日に同じ組、36ホールを一緒にプレーすることになろうとは……。
立山は茶髪にヒゲ、キャップはかぶらないという少々尖ったスタイルである。幼気な15歳からすれば見た目が怖くて仕方がない。長丁場のラウンドを控えた早朝の練習グリーンであいさつ。
「そのときが緊張のピークだった。ビビりまくっていた」