あの記者が「頑張ってください！」と。

　試合後の囲み取材。殊勲者の周りは記者で溢れていた。

「次の目標は？」

　質問者に視線を向ける。「あっ！」。天理戦前に、若林の宣言を嘲笑した記者だった。「あの人か」と少しだけ怪訝に思ったが、気持ちが昂っていたことも手伝って、また強気に、高らかに公言してみせた。

「優勝です！」

　記者は、また笑っていた。だがその表情は、期待感に満ちていた。

「頑張ってください！」

「『気を抜くとこうなるんだ』と勉強に」

　迎えた3回戦。佐賀学園は姿を消した。

　その日の第2試合が延長戦だったことにより、自分たちが戦う第4試合の開始が予定よりも大幅に遅れたこと。相手が練習試合などで対戦が多かった福岡代表の柳川だったこともあった。「大物食い」を成し遂げた後だっただけに、気持ちを弛緩させてしまっていた。

「油断はしていなかったんですけど、試合までに気が抜けちゃいましたね。緊張感が全くないまま試合に入ったのがよくなかった。負けたこと、優勝できなかったことは悔しかったですけど、『気を抜くとこうなるんだ』と勉強させてもらえただけよかったですね」

「野球をやってきたなかで一番の思い出」

　若林は高校を卒業後、ドラフト3位で中日に入団。その後、広島でプレーし、目立った成績を残せぬまま2000年に現役を引退した。

　プロを目指して野球を始め、「谷口を打てなかったら野球を辞める」と退路を断った試合で有言実行を果たし、夢を叶えた。

　若林の野球人生における十字路は、紛れもなく'91年夏の天理戦だった。

　14年後の若林は、迷いなく答えていた。

「プロ野球の世界でも、いろんな試合を経験させてもらいましたけど、僕にとっては最後の夏の甲子園で天理を倒したことが、野球をやってきたなかで一番の思い出ですね」

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