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あだち充漫画のキャッチャーの魅力。
「太めで長打力」からイケメンへ。
text by
松尾奈々絵(マンガナイト)Nanae Matsuo
photograph by(c)あだち充/小学館
posted2020/05/08 19:00
あだち充作品の表紙は主役級しか登場しないため、『MIX』の立花走一郎は初めてコミックスの表紙に登場したキャッチャーでもある。
あだち作品において天才は別格である。
歴代のあだち充漫画の中でもナンバーワンのエースだという人が多い主人公・比呂だが、野田も「国見の女房役が務まるキャッチャーなんて、日本中探したってそうはいないだろうからな」という監督の言葉や、「(野田がいなかったら)たぶん、今ここにはいなかったでしょうね。比呂も、俺も」という英雄のセリフからわかるように、優れたキャッチャーである。同時に、主人公たちの成長を後押ししてきた人物でもある。
国見と野田は、まさに「夫婦役」として、互いの実力を尊敬し、信頼し合っている。喧嘩シーンもほとんどない(比呂が春華とひかりをいじわるに比較したシーンは珍しく「らしくない」と怒ったが、それくらいだ)。
状況を冷静に判断し、チームの全体を見ることができ、長打力もある、めちゃくちゃ優秀なキャッチャーなのだが、「どうせ俺が付き合えるのはこの夏までだ」と、野田は自分がプロで通用するとは考えていない。
このセリフが、決して悲観的には聞こえないのが面白い。野田のセリフには、なぜか説得力があるのだ。
天才との距離を努力で縮めるのはスポーツ漫画の醍醐味の1つだが、あだち充の作品では、天才(主人公たち)は別格の存在として、最初から線引きされている。野田でさえ、「俺も一緒にプロに行くぜ」とは言わない。言わないからこそ、学園ものでありながら、哀愁が漂う作品になっているのかもしれない。
一緒にいられるのは「3年間だけ」。
比呂と野田の関係性を考えると、「中学までで別れたと思っていた人物とひょんなことからまた一緒に好きな野球を楽しめるようになった。けれども、一緒にできるのは3年間だけ」という、切ない関係性にも見えてくる。別れの予感が常につきまとう仲間だからこそ、甲子園という舞台がより特別なものに見えるのだろう。
『H2』のメインテーマは比呂が初恋と決別する話だが、恋愛だけではなく「一緒にプロには行けない高校野球の仲間」というノスタルジーが重なり合っていることが、名作度を高めているのかもしれない。