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カズがW杯予選に武者震いした日。
福田正博に届いた「来い!」の声。
text by
戸塚啓Kei Totsuka
photograph byAFLO
posted2020/04/08 11:50
最後にドーハで何が起こるかを知っていても1994年のアメリカW杯を夢見たW杯予選の戦いの価値は全く落ちることはない。
センターサークルからのシュート。
チームとしても個人としても経験を積んできているが、W杯予選の緊張感は特別である。動きは明らかに固い。自身3度目のW杯予選出場となる左サイドバックの都並は、試合後に「背筋に鉄板が入ってたみたいだった」と振り返るのだ。
19時05分にキックオフされた試合で、最初にシュートを記録したのはカズである。2トップのパートナーとなる高木琢也がキックオフすると、センターサークル内からすかさずゴールを狙ったのだ。カズもまた「試合前のピッチに立ったら、思わず武者震いがした」と話したから、自身の緊張感を振り払うための一撃だったのかもしれない。
日本が攻め、タイがしのぐという試合の構図は、戦前の予想どおりである。ポイントはどのタイミングで先制できるか。スコアレスのまま時間が進み、焦りが忍び寄ってくるまえに得点を刻みたい。
まだチャントの文化は確立されていなかった。
果たして、カズが相手の守備をこじ開ける。
29分、守備的MFの森保一が右サイドハーフの福田へパスをつなぐと、ペナルティエリア内で背番号11が「来い!」と叫ぶ。
福田はパスを受けてからルックアップせず、カズのポジションを確認していない。それでも、ソフトタッチのラストパスは、ペナルティエリア左へ侵入した背番号11へつながる。
福田にしてみれば、難しいパスではない。
「知良が呼ぶ声が聞こえたから、狙って蹴ったんだ。あの場面でシュートを狙うとしたらあそこしかないから、どこにいるのかは分かるんだよ」
すでにサポーターと呼ばれる存在は登場していたが、絶えずチャントを歌う現在のような応援スタイルは確立されていない。4万人の観衆がチアホーンを吹き鳴らすのは、福田がパスを出した直後だった。声による意思の疎通は、ギリギリで成立したのだった。