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三浦隆司の人生を変えたKO負け。
米年間最高試合の後に起こったこと。
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph byTakashi Shimizu
posted2019/11/21 17:00
やわらかい表情の中に、瞬間的にファイターの顔が出る。三浦隆司はボクサーの佇まいを残していた。
諸刃の剣だった魅せるボクシング。
魅せるボクシングを、三浦は実践した。
復帰2戦目、WBC世界スーパーフェザー級王座への挑戦権を懸けたミゲル・ローマン戦だ。
三浦はたしかに防御が甘く、いいパンチを幾度ももらい、劣勢に立たされていた。だが第10ラウンド、わき腹をえぐり取るような左ボディで起死回生のダウンを奪う。そして最終12ラウンド、粘るローマンを判定でなくKOで負かしたのだ。
「(キャリアの中で)最高の勝ちですね。あのボディが、自分としてはすごくいいダウンの取り方だった。あれがタイトルマッチであればよかったな、と思うぐらい」
新境地を切り開き、さらに上向きになるかと思われた三浦のボクサー人生は、しかし次戦が最後となる。
バルガスに奪われたWBCのベルトは、ベルチェルトの手に渡っていた。それをもう一度、自らの手に取り戻すべく、三浦は王者に対峙した。舞台はロサンゼルス郊外のザ・フォーラム。この一戦がメインイベントだった。
三浦は第1ラウンドにダウンを喫する。クリーンヒットではなかったが、左フックを受けると、もろくも体勢を崩した。
アウトボクシングに徹するベルチェルトを、三浦はいつまでも捕まえられない。数多の敵を沈めてきた必殺の左も、当たらなければ価値がなかった。
大差の3-0判定負け。試合後の三浦にはもはや、すがるべきものが見当たらなかった。
「ギリギリの判定だったとか、ダウンを取っていたとか、爪痕を何か残していれば、もしかしたらやってたかもしれないです。でも、何もなかった。何もできなかった。おもしろい試合でもなかったと思う。1ラウンドにダウンをもらったのも、あれも見えてないパンチでした。軽いパンチだったのに、あれで倒れちゃうってことは、ダメージもだいぶ蓄積されてるんだろうなって。十分やったな、という気持ちになりました」
答えのない問いは今も続いている。
現役の最後の2試合で、三浦は最高の勝利と、最悪の敗北を経験した。
その事実が、自らの判断の正当性をうやむやにする。防御を緩めてまで、体に負うダメージを増やしてまで、ファンを喜ばせる試合、おもしろい試合をしようとしたことは、正しかったのか、間違いだったのか――。
三浦はあご髭をさすりながらつぶやく。
「考えると、難しいところで。よかったのか、悪かったのか、本当に難しい。ディフェンスをしっかりやって正統派になれば、負けなかったかもしれないですけど。でも、アメリカには呼ばれなくなっていたかもしれない。複雑ですね」
答えのない問いは、まだしばらくの間、三浦の頭の中に浮かんでは消える。