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太田忍と文田健一郎の友情と死闘。
東京五輪レスリング代表を掴むまで。 

text by

布施鋼治

布施鋼治Koji Fuse

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photograph by(L)Miki Sano/(R)AFLO

posted2019/09/20 20:00

太田忍と文田健一郎の友情と死闘。東京五輪レスリング代表を掴むまで。<Number Web> photograph by (L)Miki Sano/(R)AFLO

太田忍(右)と文田健一郎の切磋琢磨は、東京五輪に出場するよりも厳しく、そして気高い関係だ。

太田「文田の結果を踏まえたうえで……」

 去夏のアジア大会では圧倒的な強さで優勝を果たしている太田だが、試合後は「やっと世界を獲れた」と安堵の表情を浮かべた。

「去年の世界選手権では優勝を期待される中で負けている。世界の一番を知らない人間だったので、少し遠回りしたけどひとまず良かったかなと思う。世界王者という称号は持っていて損するものではない」

 ただ、話が東京オリンピックに及ぶと、太田は表情を曇らせた。

「今回の優勝はオリンピックに対しては何の意味もないこと」

 前述した通り63kg級は非五輪階級なので、東京にはつながっていない。狙うとするなら、五輪階級の60kg級か67kg級しかないが、翌日(16日)から試合をスタートさせる文田がメダルを獲れば、60kg級という選択肢は消える。

 この時点で太田は判断を留保した。

「文田の結果を踏まえたうえで、自分がどうしていくかを考えたい」

太田「お前が決勝に行ったら、応援してやるよ」

 太田の快進撃を目の当たりにして、試合を控えていた文田は尻に火がついた。

 16日、準決勝まで勝ち上がり、東京五輪出場の内定を得ると、文田はライバルの金メダル獲得がプレッシャーになったことを打ち明けた。

「忍先輩の調子を見ていて、(もし自分が負けて代表権争いが)12月の全日本選手権までもつれ込んだらどうなるかわからないなと思ったので」

 ふたりのライバル関係は複雑。一緒に練習しないからといって、会話をしないというわけではない。文田の試合初日、たまたま顔を合わせた太田と文田の会話。

「俺、優勝したから」

「先輩、見ていました」

「お前が決勝に行ったら、応援してやるよ」

 有言実行。文田が決勝を迎えた大会第4日(17日)。観客席には日の丸を振りながらゲキを送る太田の姿があった。

 それだけではない。決勝でセルゲイ・エメリン(ロシア)を10-5で撃破した文田は決戦直前にエメリンに勝利を収めた経験を持つ太田からのアドバイスと直接指導があったことを打ち明けた。

「グラウンドのローリングがうまいという話を試合前にしてくれました。しかも、エメリンの(技の)かけ方を忍先輩が直々にかけてくれ、『こう来たら、こう切れ』『ここで止まったらダメ』といった細かいアドバイスもくれました。

 そのあと『ハイ、50万円!』とも言っていましたけどね(笑)。もちろん冗談なんですけど、50万円の価値はあったと思います。忍先輩のことだから、この優勝でチャラにしてくれると信じていますが」

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