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石川遼、奇跡のような日本プロ優勝。
1043日の空白にも情熱は失わず。
posted2019/07/11 11:40
text by
桂川洋一Yoichi Katsuragawa
photograph by
Kyodo News
1043日――。
2016年までに14勝を挙げていた日本ツアーで、石川遼が次の1勝を迎えるのにかかった日数だ。
その年の8月に行われたRIZAP KBCオーガスタから、'19年7月の日本プロゴルフ選手権まで実に3年弱。この期間中、2日間競技などのローカル大会で勝ったことはあっても、トップツアーでのタイトルはなかった。日本でも、そしてもちろん海外でも……。
アマチュア時代の'07年、当時15歳で初めて出場したプロツアーで優勝。衝撃的なデビューを飾って以降、石川がこれほど勝利から見放されたことはなかった。ひょっとすると小学生で競技ゴルフに目覚めてから数えても、もっとも長いブランクだったかもしれない。
再起の途中で迎えた日本プロ。
キャリア最長の空白期間で、戦いの場は様変わりした。
約5年間在籍したPGAツアーの出場権を'17年秋に失い、日本ツアーに戻った。本格復帰1年目の'18年は優勝争いのシーンすら少なく、エリート選手30人が集うシーズン最終戦になんとか滑り込んだ。2年目の今年は春に腰痛を再発させ、中日クラウンズで自身初の途中棄権を経て、約1カ月間の戦線離脱。
賞金王になった‘09年11月末に自己最高の29位を記録した世界ランクは近年、後退の一途をたどり、6月末に300位まで低迷していた。キャリアでそれより下位にいたのは、実にプロ1年目の'08年10月上旬までさかのぼる。
「スイングも体も相当悪くなっていた」
“最新”の故障離脱の間、石川は改めて体の動きと下地を見直す作業に入った。だからこそ、今回の優勝はまたイチから……という歩みの道半ばだったはずである。日本プロは昨年までの過去7回の出場で5回予選落ちを喫している、なんとも水が合わない大会でもあった。会場の鹿児島は週頭の大雨の影響で練習ラウンドもできなかった。
期待も、欲も、ないとは言わないが、確信めいたものは限りなく薄い状態で臨んだゲームだったはずだ。