濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
RIZIN復帰戦勝利は成長過程。
RENAの“寝技勝負”に見た可能性。
posted2019/05/01 11:00
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph by
Susumu Nagao
6年間勝ち続けた人間が喫した連敗とは、いったいどれほど重いものだったのか。
立ち技格闘技シュートボクシングの女子エースとして長く活躍してきたRENAは、RIZIN旗揚げとともにMMAに挑戦してさらに幅広い人気を得た。2015年の大晦日、MMA初戦のフィニッシュは飛びつき腕十字固め。華と勝負強さを持つ彼女を世間が放っておくはずはなかった。
6年ぶりの敗戦は、'17年の大晦日に訪れた。女子スーパーアトム級GPトーナメント、その決勝という檜舞台での一本負けだった。勝った浅倉カンナはレスリングをベースとする選手だ。タックルでグラウンドに持ち込み、リアネイキッドチョーク(裸絞め)という展開は、RENAが最も避けなければいけないものだった。
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昨年7月のリマッチでも、RENAは敗れた。テイクダウンディフェンスは向上していたが、ディフェンスが目立つのは後手に回ったからでもあった。再起をかけた昨年の大晦日は、減量にともなう体調不良で病院に運ばれ、欠場に。この日は、アメリカの団体でベルトを巻いた世界レベルの強豪、RENAにMMAを指導してきた浜崎朱加が浅倉に圧勝している。RENAがRIZIN女子の中心だった時代は、過去のものになろうとしていた。最後の勝ち星から、1年以上が経過していた。
“RENAのための試合”。
「平成の失敗は平成のうちに片付けたい」
そう言って参戦したのは『RIZIN.15』横浜アリーナ大会。対戦相手は、大晦日に闘うはずだったサマンサ・ジャン=フランソワである。契約体重は、前回の49kgから51kgになった。RENAは階級アップを見据えているという。
そうした面でも、これは“RENAのための試合”で、だから万に一つも負けられなかった。勝つために求められるのは、浅倉戦のようにグラウンドにならず、スタンドで打撃を当て続けることだ。
だが実際にはそうならなかった。というより、RENAがしなかった。