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<ヤマハ監督8年間の回想>
清宮克幸「助さんと格さん、そして弥七へ」

posted2019/02/27 15:00

 
<ヤマハ監督8年間の回想>清宮克幸「助さんと格さん、そして弥七へ」<Number Web> photograph by Ichisei Hiramatsu

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生島淳

生島淳Jun Ikushima

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Ichisei Hiramatsu

 これまで指揮を執ったすべてのクラブにタイトルをもたらし、今季限りでの監督勇退を表明したヤマハ発動機の“黄門様”が、仲間と共に独自のラグビースタイルを築いた充実の日々を振り返る。

「これからは単純に野球を観る時間が増えますね(笑)。長男のファイターズと次男の早稲田実業。今後は息子たちにワクワクさせてもらいますよ」

 清宮克幸。2001年、33歳で母校・早稲田大学の監督に就任すると、瞬く間に名門を再建。5年目のラストシーズンには日本選手権でトヨタ自動車にひと泡吹かせた。続いて古巣サントリーで4年、'11年からは経営難に苦しむヤマハ発動機の監督に乞われ、磐田へ向かうと4年目には日本選手権制覇。最近では北海道日本ハムで活躍する長男・幸太郎の父として脚光を浴びることも多くなった清宮だが、今季を最後に勇退を発表した。まだ51歳。これからが働き盛りじゃないか――。しかし、親分肌の清宮は淡々と語る。

「監督への未練は、もうないですね。監督として、日本ラグビー界にメッセージは伝えられたと思いますよ。廃部寸前だったチームが、たった4年で日本選手権で優勝できた。弱者が強者に勝てることを証明できたわけです。どうしたら弱者が強者に勝てるかを突き詰めると、いまのヤマハのようなスタイルに行きつく。オリジナリティを追求すれば、それは強みになる。ヤマハのスクラムは、今やトップリーグのスタンダードになった。そうなったら、次の手を考える。戦力が足りないなら、配置転換。戦力外通告寸前のウィングがフランカーで試合に出たり、4月からは160cmのフッカーを採用したり、『なにが起きるか分からない』のがヤマハのラグビーです」

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