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アルファ・ロメオ30年ぶりF1復帰。
フェラーリの後押しと数奇な縁。
posted2018/03/11 17:00
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph by
Sauber
今年のF1はオールド・ファン、とりわけイタリア人にとっては特別なシーズンである。
あの「アルファ・ロメオ」がF1に帰ってきたからだ。
アルファ・ロメオは、20世紀初頭に創業したイタリアの高級老舗自動車メーカーで、社名はイタリア語のAnonima Lombarda Fabbrica Automobili(ロンバルダ自動車製造株式会社)の頭文字のALFAと、技術者であり、1918年にALFAを買収したニコラ・ロメオの姓を組み合わせたものだ。
モータースポーツの長い歴史のなかで、F1が誕生した1950年の最初のレースとなったイギリスGPで優勝したのがアルファ・ロメオだ。その年の選手権も制し、初代チャンピオンに輝いている。
エンジンのサプライヤーとしてF1に参戦した1988年以来のF1復帰は残念ながら、コンストラクター(チーム)でもなく、パワーユニット供給でもなく、スイスに本拠地を置くザウバーへの技術的パートナーシップ。
だが、2017年まで「ザウバーF1チーム」としてエントリーしていたザウバーが、2018年からは「アルファ・ロメオ・ザウバーF1チーム」で登録され、アルファ・ロメオの名前が、30年ぶりにF1に復活することには変わりない。
フェラーリ創業者とアルファ・ロメオの縁。
そのアルファ・ロメオ復活を後押ししたのが、フェラーリだということも忘れてはならない。
フェラーリの創業者であるエンツォ・フェラーリがこの世界に入ったのは、23歳のとき。テストドライバーとしてアルファ・ロメオに雇われたのがきっかけだった。
だが、レーシングドライバーとしては花を咲かせることができず、エンツォは1929年、自らのレーシングチーム、「スクーデリア・フェラーリ」を設立。レース活動を運営する人生をスタートさせる。
F1がスタートした1950年には、常勝軍団アルファ・ロメオの前に一敗地にまみれたフェラーリだったが、1951年のイギリスGPでF1初優勝を遂げ、雪辱を果たした。このときエンツォは、自分のレース人生をスタートさせてくれたチームを打ち倒した気持ちを、次のように表現して、複雑な心境を吐露した。
「私は母親を殺してしまった」
そのエンツォが、この世に生を受けたのが1898年。つまり、今年はエンツォ生誕120周年のメモリアルイヤーでもある。