松井秀喜の名言
DHだけの選手ならいつでもなれる。だからもう一回、守ることにチャレンジしないとダメだった。
松井秀喜(MLB)
ヤンキース在籍最終年となった2009年はワールドシリーズでMVPを獲得する活躍を見せながらも、チームは松井放出の方針を覆さなかった。数球団からの打診のなかから松井が選択したのは、外野手としての起用を念頭に置くエンゼルスだった。「ここでチャレンジしてダメだったら諦めもつく。はい、分かりました、と。そうなったらその先は、DHとして生きていくしかないんでしょう」と再出発に決意を新たにしたが、7月以降は若手に守備機会を譲ることが増え、シーズン終了後にはエンゼルスからリリースされた。
Number750号(2010/03/18)
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