錦織圭、頂への挑戦BACK NUMBER
初めて聞いた錦織圭の「申し訳ない」。
自国開催で棄権、という決断の裏側。
text by
山口奈緒美Naomi Yamaguchi
photograph byHiromasa Mano
posted2016/10/07 17:00
出場予定だったマスターズ上海大会を棄権することが決まった錦織。一度、本拠地のフロリダで戻って治療に専念し、次戦はスイス・インドアの予定。
「これまで感じたことがないくらいの痛み」
翌日の2回戦、錦織はまるで昨日の受賞をコートから力強く祝うかのように、そして「もっとすばらしい、もっと強い日本テニスを作りたい」という思いに応えるかのように、見事な立ち上がりを見せた。
発想豊かで躍動的でアグレッシブで、錦織テニスの魅力全開。その3ゲーム目の最後のポイントで臀部の筋肉を負傷するまでは……。
突然襲ってきた「これまで感じたことがないくらいの痛み」と、自分の体に何が起こったのかわからない不安に耐えきれず、それから十数分後の第8ゲームで錦織は棄権を告げた。
「この大事なジャパンオープンで棄権という最悪の結果になってしまった。いろんな気持ちが……やっぱり申し訳ないという思いがあります」
申し訳ない……錦織が、試合の結果に対してこの言葉を口にしたことがあっただろうか。
記憶にない。
2回戦での敗退は、トップ20入りしてこの大会でシードがつくようになった2012年以降ではもっとも早く、しかも途中棄権。チケットは大会前に期間全日完売になっており、大きな責任を感じていたから出た言葉だったのだろう。
ワウリンカ、デルポトロが棄権し、錦織に一層負担が。
責任感という点では、先週になってから錦織に次ぐ人気者の2人の欠場が決まっていたことも無関係ではない。
トップシードになるはずだったスタン・ワウリンカ、そして、ワイルドカードとはいえ陰の優勝候補と言ってもよかったファンマルティン・デルポトロだ。
人気者の数が減り、錦織はこの大会では初めて第1シードになったが、それが果たして追い風だったかどうかはわからない。大会前の記者会見では「デルポが出ないのは助かりますけど」と冗談めかしたが、勝たなくてはいけない、勝って当然という状況はかえって難しいものだ。