リオ五輪PRESSBACK NUMBER
奥原希望の実家で見た印象的な居間。
“思考力”が編み出した銅メダル。
posted2016/08/22 16:00
text by
鈴木快美Yoshimi Suzuki
photograph by
JMPA
オリンピックでもつぶやいていた。
「この舞台に立てることに感謝して、思い切り楽しもう」
そう自分に言い聞かせ、最後に「よっし」で締めたあと、コートに入る。これは「考えないと勝てない」と言ってきた奥原希望が辿りついた、勝利を引き寄せる「儀式」だ。
幼い頃から、自分の目標は何なのか、そこに達するためにはどうすればいいかをずっと考えてきた。そうすることで、夢はいっそう明確になり、困難にも立ち向かえる。周囲にどれだけ支えられているか、深く感じるようにもなった。
156cmという小柄な体躯、2度にわたるヒザの手術――。
いずれも乗り越えるための方程式は難解だったはずだが、培ってきた思考する姿勢が“銅メダル”という答えを導きだした。
かつて長野にある奥原の実家を訪ねたことがある。農家も兼ねる広い家の居間には、偉人の格言や節目に記された決意表明がびっしりと貼られていた。
「練習は裏切らない」
「インターハイ優勝。そのために、感謝、あいさつ、礼儀を忘れない。小さいことにも手を抜かない。迷ったら苦しい道を選ぶ」
「苦しみの向こうに喜びがある」
父親の圭永(きよなが)さんが「何か感じてくれれば」と貼ったものもあれば、奥原自身が書いたものもある。かつては圭永さんが3人の子どもたちに目標を書かせていたが、次第に彼が何も言わなくても、目標を設定することは奥原自身の習慣になっていた。
バドミントン経験のない父との猛練習。
この“思考の習慣”には副次効果もあった。奥原が意志を明確にするたび、体育会気質の圭永さんの心にも火が点いた。最初の着火点は、小3の全国大会で全敗を喫したあと。悔しがりの奥原が「もっと練習したい」と申し出ると、「よっしゃ」と、奮起したのだ。
メインの練習は夜7時からの2時間。姉と兄の3人で、父のノックをひたすら受けるという地味な練習だった。これは圭永さんにバドミントン経験がなく、打ちながらの相手ができなかったためである。
そんな方法でよくトップに、と驚かされるが、一瞬の気の緩みも見逃さない圭永さんの視線が、「ミスをしない」、「1球1球を大切にする」という、コート全体をカバーする粘りのスタイルを作った。