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勝ち星よりも黒田博樹が誇る数字。
日米通算「10000アウト」という勲章。
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2016/07/29 11:00
2位以下に大差をつけて首位を独走する広島。黒田博樹がその中心の1人であることは疑う余地がない。
「黒田さんは、究極に自己評価が低い選手です」
40歳を超えて現役を続けられる理由を、本人は「プロ野球選手だった父親と、陸上選手だった母親のおかげです(笑)」というが、黒田が長きにわたってマウンドに立ち続けてきた理由は、なんだろうか。
アメリカ時代に黒田の代理人を務めていたスティーブ・ヒラード氏に取材した時に、彼は面白い黒田評を披露してくれた。
「黒田さんは、究極に自己評価が低い選手です」
自分が残した実績に対して、自信を持つことがない。年俸をもらい過ぎていると感じることさえある。
「自信満々な態度を取る選手が多い中で、黒田さんのようなタイプの選手、いや人間は初めてでした」
自己評価が低いことで、黒田は自分の体、そして投球に対して柔軟な姿勢を取ってきた。私はこれが成功の秘訣だったと思う。
「この前勝った相手だから、次も大丈夫だろうなんて世界ではないです。そんなこと思ってたら、いっぺんにやられます。状態が良い時の自分というものにこだわっていたら、『おかしいな』と思って、かえって自信を喪失するだけですよ(笑)」
そして黒田は、仕事に対する姿勢を話してくれた。
「その時々で、いちばんいい状態を探りながら投げる。それを続けるだけです」
メジャーリーグでは生き残るためにツーシームを習得し、昨季日本に戻って来てからは、「日本ではボールがよく指に掛かるので、変化球が早めに曲がりだすんですよ。調整が必要です」。環境に適応しようと必死になっていた。それが40歳を超えた黒田だった。
来るべき10000アウトは、大きな勲章になる。
プロ野球は華やかな世界である。
しかし黒田の姿を見ていると、それがつらい世界であることが伝わってくる。本人はいう。
「中学出てから、野球を一度も楽しいと思ったことはないです」
そう言い切るが、地道な作業をコツコツと続けることで、黒田は41歳まで第一線で投げ続けることが出来た。
楽しいばかりではない。打たれる時もあれば、緊張のあまり眠れずに「オール」、つまり徹夜でマウンドに上がったこともあった。
それでも、その日のベストを尽くして投げてきた。
来るべき黒田の「10000アウト」は、彼の野球人生にとって、大きな勲章となるに違いない。