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<背番号10の決意> 澤穂希 「最後のW杯にすべてをかける」 

text by

日々野真理

日々野真理Mari Hibino

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photograph byTaiji Yamazaki

posted2015/06/30 16:30

<背番号10の決意> 澤穂希 「最後のW杯にすべてをかける」<Number Web> photograph by Taiji Yamazaki

「代表を外れた1年間は、私に必要だった」

――苦しい時期に澤さんがおっしゃっていた『諦めるのは簡単だ』という言葉が印象に残っています。とはいえ、気持ちを切らさずにいるのは、難しかったのでは。

「代表を外れた1年間という時間は、私にとって必要だったと思うんです。この時間のおかげで、もう一度、日の丸を背負いたいと思えたんですから。なでしこジャパンを外側からみることで、自分自身、初心に返ることが出来たんです。代表には指定席なんてないんだ、ということも改めて感じましたし。結果論かもしれないですが、この時間のおかげで『原点』を見つめ直し、成長することができたんです」

――澤さんにとって必要な時間だったと。

「必要だったと思います。これまで、長いキャリアを過ごしてきましたから、代表を外れた1年がなければ、たぶんここまで強い気持ちで今を迎えていなかったでしょう。もしかしたら、『もういいや』って、考えていたかもしれないですしね」

W杯優勝、バロンドール……次の目標が見えなくなった。

 15歳から日の丸を背負って戦い続け、多くの夢を叶えてきた。2011年ドイツW杯でチームを優勝へと導く同点ゴールを決め、FIFAバロンドールを受賞。2012年のロンドン五輪では銀メダルを掴んだ。

 五輪の後、モチベーションを維持することは難しかったのではないだろうか。

「本当のところ、(ロンドン五輪の後)次の目標を見つけることは難しかったです。いろんな目標を達成できましたからね。そんな中でもやっぱり私は、サッカーをすることが楽しくて。その気持ちでプレーし続けてきたんですが、特に今年に入ってから、本当にサッカーが楽しいんです」

――さきほど『原点』を意識した、とのことでしたが、今シーズン、INACの監督に、14歳の頃やアメリカから帰国したときなど、節目に指導を受けてきた松田岳夫さんが就任したことも大きいですか。

「松田監督が今年、INACの指揮を執るということは、私にとって、偶然じゃなくて、必然だったような気がしますね。

 代表に選ばれなかった時期が長かったことで、不安な気持ちにもなりましたが、松田監督のもとでサッカーをすることで『私はもっと上手くなれる』と思えた。松田監督も『絶対にW杯に選ばれるように支える』と言ってくださって、その言葉を信じて、自分のコンディションを上げることに集中できたんです。

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