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錦織圭の棄権とマイケル・チャンの
死闘をつなぐもの、そして――。
posted2015/06/23 11:00
text by
Number編集部Sports Graphic Number
photograph by
Hiromasa Mano
2015年6月20日、ドイツ、ノルトライン=ヴェストハーレン州のハレで開かれたゲリー・ウェバー・オープン準決勝、大会第2シードの錦織圭vs.アンドレアス・セッピ。
第1ゲームをブレイクされて迎えたセッピのサービスゲームで、観客の誰もがその異変に気付いた。
錦織圭の持ち味のひとつである、ツアー屈指のフットワークが失われていた。左足ふくらはぎの痛々しいテーピングを映し出すテレビカメラ。セッピのさほど厳しくないコースのサーブを、一歩も反応せずに見送るいつもとはまったく違う錦織に、ドイツの観客は微かなどよめきの声をあげた。
それでも錦織は淡々とゲームを続け、セッピのミスもあり、次のサービスゲームをキープする。
ゲームカウント1-2。
ベンチへと向かうゆっくりとしたその足取りを見ながら、はるか昔、26年前のある選手の姿が、重なって見えた。
両ふくらはぎに痙攣をおこした17歳のチャンは……。
1989年6月5日、ローランギャロスで行なわれた全仏オープン、男子シングルス4回戦。その年の全豪オープンを制し、絶対王者に君臨していた世界ランク1位のイワン・レンドルを相手に、2セットダウンからフルセットの末に大逆転勝利をおさめたマイケル・チャンのことである。
17歳のチャンはこの試合、第4セットの終盤から両ふくらはぎに痙攣を起こし、第5セットになるとフットワークを完全に奪われてしまう。レンドルのストロークに山なりのムーンボールで対処しながら、プレーが切れると足を屈伸させたまましゃがみこむ。ゲームカウント2-1とリードした場面で、とうとう彼にも限界が訪れたかに見えた。
チャンはこのとき「もうお終いです」と主審に言おうとした、という。